上道町
日本の岡山県上道郡にあった町
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歴史
地名「上道」は古代には「かみつみち」と呼ばれ、中世以降は「じょうとう」と音読されるようになった[5]。古来は旧山陽道が地域を縦断し、一日市(ひといち)は名刀「備前長船」で有名な福岡の市(瀬戸内市)と吉井川の対岸に位置した宿場町であった。また、戦国時代には沼にあった沼城(亀山城)を岡山城下町を築いた宇喜多氏が一時期居城としており、現在は弁天山と呼ばれている。
上道町域は備前国上道郡那紀郷・日下郷・豆田郷・居都郷に属し、1603年(慶長8年)以後池田氏の所領となり明治維新に至った。
1889年(明治22年)6月1日の町村制施行により、御休村・角山村・平島村・浮田村が発足した。御休村の由来は、明治天皇が巡幸し、一日市(ひといち)でご休息したとされている。浮田村の由来は、宇喜多直家の居城であった亀山城址があることから村名を浮田とした。角山村の由来は、内ケ原東北方に横たわる角山から角山村と名付けた。平島村の由来は、村の中央にあたる両平島から、平島村と名付けた[6]。戦後、1952年7月に御休・角山・平島の3村で合併気運が高まり、翌1953年に合併し上道町が発足した。町名は上古から上道国と呼ばれた地であり、また上道郡に属していたことから命名された。その後、1955年には地理的、経済的に関係が深かった浮田村を編入した。
1971年5月1日、上道町は岡山市に編入合併され、町制時の21大字のうち北方は上道を冠称した上で他の20大字とともに同市の大字に継承された。
