下倉村
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歴史
- 江戸時代、毛利氏の支配を経て幕府領となる[2]。元和3年(1617年)松山藩領を経て、藩名の改称に伴い明治2年(1869年)高梁藩領となる[2]。
- 1889年(明治22年)6月1日、町村制の施行により、下道郡下倉村が単独で村制施行し、下倉村が発足[1][2]。大字は編成せず[2]。
- 1893年(明治26年)洪水により大きな被害を受けた[2]。
- 1900年(明治33年)4月1日、郡の統合により吉備郡に所属[1][2]。
- 1948年(昭和23年)4月1日、吉備郡秦村大字福谷の一部を編入[1][2]。
- 1952年(昭和27年)4月1日、吉備郡日美村、富山村、水内村と合併し、町制施行し昭和町を新設して廃止された[1][2]。合併後、昭和町大字下倉となる[2]。
地名の由来
松山藩の下倉と称する倉庫があったため[2]。