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川端 (福岡市)

福岡市博多区の繁華街 From Wikipedia, the free encyclopedia

川端町(かわばたまち、(ローマ字表記: Kawabatamachi[2])とは福岡県福岡市博多区の博多川右岸にある地名。福岡市地下鉄空港線中洲川端駅が出来たため、川端一帯を漠然と指す地名となった。現行の行政地名は、上川端町(かみかわばたまち、(ローマ字表記: Kami-kawabatamachi)と下川端町(しもかわばたまち、(ローマ字表記: Shimo-kawabatamachi)(共に住居表示実施済)[3][4]。面積は上川端町が9.80ヘクタール、下川端町が5.27ヘクタール、合計が15.06ヘクタール[注釈 1][5]。2023年3月末現在の人口は上川端町が492人、下川端町が224人、合計が716人[1]。郵便番号は上川端町が812-0026、下川端町が812-0027[6]。

郵便番号
上川端町:812-0026
下川端町:812-0027
概要 上川端町、下川端町, 国 ...
上川端町、下川端町
上川端町、下川端町
上川端町、下川端町
上川端町及び下川端町の地図
上川端町、下川端町の位置(福岡市内)
上川端町、下川端町
上川端町、下川端町
上川端町及び下川端町の地図
上川端町、下川端町の位置(福岡県内)
上川端町、下川端町
上川端町、下川端町
上川端町、下川端町 (福岡県)
上川端町、下川端町の位置(日本内)
上川端町、下川端町
上川端町、下川端町
上川端町、下川端町 (日本)
北緯33度35分40.2秒 東経130度24分28.5秒
国 日本の旗 日本
都道府県 福岡県
市町村 福岡市
区 博多区
面積
 • 合計 15.06 ha
人口
(2023年(令和5年)3月末現在)[1]
 • 合計 716人
等時帯 UTC+9 (JST)
郵便番号
上川端町:812-0026
下川端町:812-0027
市外局番 092
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上川端町

上川端町の町名町界整理後における、旧町名の位置関係(推定)。(SVG形式のファイルへのリンク)
中洲地区
冷泉公園の戦災記念碑
冷泉公民館(上川端町)

上川端町は、国体道路(国道202号)と明治通りに挟まれた区画。1966年(昭和41年)の町名町界整理までは、上新川端町、川口町、片土居町、中土居町、上土居町、大乗寺前町(以上土居流)、下新川端町(大黒流)、今熊町(櫛田流)、社家町(岡流)であった[3]。川端通商店街があり賑わう。商店やオフィスが多く、冷泉公園北側には専門学校もあり、公園の昼時はサラリーマンや学生が利用する姿が見られる。

主な施設

下川端町

下川端町の町名町界整理後における、旧町名の位置関係(推定)。(SVG形式のファイルへのリンク)

下川端町は、明治通りと昭和通りに挟まれた区画。町名町界改変までは、川端町、下新川端町、麹屋町(近年山笠では麹屋番という呼称を使用)、掛町(以上大黒流)、行町、片土居町、下土居町(以上土居流)であった[3]。 かつて下川端町には下川端商店街・川端商店街・寿通商店街があり、昭和30年代から40年代には博多の商業の中心として繁栄した。福岡銀行・西日本相互銀行の本店も川端地区に存在した。 1999年(平成11年)、下川端地区再開発事業によって博多リバレインが建設され、以前の面影はない。博多リバレイン敷地内の博多川沿いに鏡天満宮がある。

主な施設

人口

上川端町及び下川端町の人口の推移を福岡市の住民基本台帳(公称町別)[1]に基づき示す(単位:人)。集計時点は各年9月末現在である。

上川端町

下川端町

交通

土居通り

鉄道

鉄道については、福岡市交通局が運営する地下鉄が地区の北側に通っており、川端と中洲にまたがる位置に次の駅がある。

バス

バスについては、西日本鉄道株式会社が運営するバスが運行しており、次の停留所がある。

  • 川端町・博多座前(明治通り)
  • キャナルシティ博多前(国道202号)
  • 博多五町(昭和通り)

道路

主な幹線道路は次の通り。

  • 国道202号(国体道路)
  • 堅粕西新1号線
  • 千代今宿線(明治通り)
  • 博多姪浜線(昭和通り)
  • 店屋町318号線(土井通り、博多通り)
  • 上川端町319号線(冷泉公園通り)
  • 上川端町322号線(川端通商店街)
  • 上川端町323号線(冷泉通り)
  • 上川端町326号線(川端通商店街)
  • 上川端町327号線(川端通商店街)
  • 上川端町328号線(櫛田通り)
  • 上川端町330号線
  • 綱場町409号線(土井通り)

出身・ゆかりのある人物

  • 中牟田喜兵衛(呉服商) - 岩田屋専務取締役[8]。共栄土地建物取締役[8]。住所が麹屋町[8]。岩田屋創業家の入り婿で2代目喜兵衛として家督を継ぎ、麹屋町に岩田屋初の支店を開業した。
  • 中牟田久兵衛(毛綿麻織物商) - 福岡県多額納税者[8]。岩田屋取締役[8]。住所が麹屋町[8]。上記喜兵衛の甥で、喜兵衛から岩田屋麹屋町店を任された初代久兵衛の長女・トキの婿となり、家督を継ぎ2代目久兵衛を襲名した。
  • 中牟田喜久雄(貸家業) - 住所が麹屋町[8]。2代目久兵衛の長男。岩久株式会社社長・会長を務めた。その長男・中牟田久敬(岩久興産会長)は、日本のアイビールック指南書『トラディショナルファッション』(婦人画報社、1981年)の著者としても知られ、輸入服販売のデスモンド・インターナショナルを経営していた。[9][10][11][12]

脚注

参考文献

関連項目

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