下広川村
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広川中流域に位置していた[1]。
歴史
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、上妻郡広川村、藤田村、一条村が合併して村制施行し、下広川村が発足[1][2]。
- 1896年(明治29年)4月1日 - 郡の統合により八女郡に所属[1][3]。
- 1955年(昭和30年)12月1日 - 下広川村が三分割され、大字広川・一条(一部)・藤田(一部)は八女郡広川町に[4]、大字藤田(一部)は三潴郡筑邦町に、大字一条(一部)は筑後市に[5]それぞれ編入され廃止[1][2]。
- 1967年(昭和42年)2月1日 - 筑邦町が久留米市に編入される。旧村域の大字藤田のうち筑邦町を経て久留米市に編入された地域は荒木地区に組み込まれ、荒木町藤田となる。