下河原村 (鳥取県)

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下河原村[1](しもがわらむら)は、伯耆国会見郡(のち鳥取県会見郡)にかつて存在した村(自然村)である。旧鳥取藩[2]

東の福万村へ3[1]。南の押口村へ5町[1]。西の遠藤村へ2町[1]。北の尾高村へ15町[1]

歴史

  • もとは福万村枝郷である[2]
  • 享和3年 - 新田として幕府に届出される[2]
  • 1870年(明治3年) - 領内限りで分村する[2]。明治初年福万村に合併する[2]。下河原は呼称が変わり中福万、下福万となる[3][注 1]

経済

村高は『伯耆志』によると220[1]。『元治郷村帳』によると229石余[2]

人口

『伯耆志』によると家18戸、82人[1]

地域

社倉、小4、辻堂1がある[1]。下河原神社がある。産土神は尾高村にある大神山神社[1]

米子市日下の瑞仙寺蔵『会見郡久坂山瑞仙寺年中筆記』(寛政四年)の正月の記事に「一 下河原村鉢屋来る。黒米壱升・小餅三ツ、外ニ袋持エ弐合程遣ス。」「一 下河原村穢多エ黒米壱升、外ニ袋持エ少シ遣ス。」[4]とあり、下河原村に鉢屋穢多などの賤民が存在していたことを確認できる。

黒坂緒形仁平開墾によって出来た田地がある[5]

脚注

参考文献

関連項目

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