下里知足

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下里 知足(しもざと ちそく、寛永17年11月18日1640年12月30日)? - 宝永元年4月13日1704年5月16日[1])は、江戸時代前期の俳人[2]。通称は勘兵衛、のちに金右衛門[2]。諱は吉親、法名は寂照。子に下郷蝶羽[3]下郷亀世[4]らがいる。

尾張国鳴海宿の庄屋、鳴海下里家の二代目当主である[1]。若いときは桑名の伯父の家で生活していた[1]。鉄の売買や酒造によって下里家(のち下郷家)の基礎を築いたとされる[1]

尾張国鳴海村の庄屋をつとめる傍ら、井原西鶴松尾芭蕉ら多くの俳人・文人と交流[2]。鳴海六俳仙の一人。現存する西鶴の書翰7通のうちの4通は知足に宛てたものである。

2023年には愛知県名古屋市緑区鳴海町に千代倉家(下郷家)の所蔵品を展示する千代倉歴史館が開館した[5]

著作

  • 『千鳥掛』
  • 『多日万久羅』

脚注

参考文献

外部リンク

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