下野の女夫マツ
From Wikipedia, the free encyclopedia
この木は、中津川市下野にある山林の西側斜面(海抜約440メートル)に生育していた[1][2][7]。根元の西側は低くなっていて、ほとんど同じ大きさのアカマツ2株が幹の下部で互いに接着して伸びていた[1][2][4]。
『天然記念物事典』108頁(1981年第5刷)によれば、地上部約8.86メートルの高さにおいて、南側の木から発した横枝が北側の木に癒着して、小さな橋をかけたような連理状態を示していた[1]。同事典は「その連理の部分を遠望すればH字状に見える」と記述していて、当時の計測値は接着した根元の幹囲が約3.80メートル、両株が分岐する地点の幹囲が約3.05メートル、南側の木の分岐部幹囲約2.05メートル、北側の木の分岐部幹囲が約1.7メートルであった[1]。
評論家で巨木に関する著書の多い牧野和春は、1986年(昭和61年)の『巨樹の民俗学』で下野の女夫マツを取り上げ「『陰陽和合』を直感させる樹木」と表現している[4]。牧野はこの木に「夫婦和合」の象徴を読み取り「生産、豊穣、不老長寿の木であると縁起を求めることになるのである」と記述した[4]。牧野は前掲書で、下野の女夫マツの他に同じく連理状態のマツとして知られる「高津連理のマツ」(島根県益田市)などを「相生い」の事例として取り上げている[4]。
この木は「自然生のマツにおける横枝接着の著しい例で、学術上有益なもの」として、1931年(昭和6年)7月31日に国の天然記念物に指定された[1][2][3][4]。しかし、1981年(昭和56年)頃から片方の株が衰弱し始めたために、保護対策を講じていた[2]。後に枯死して、1988年(昭和63年)6月29日に天然記念物指定解除となった[注釈 2][5][6]。
