不安の世代

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カバー
デザイン
Dave Cicirelli
言語英語
不安の世代 : スマホ・SNSが子どもと若者の心を蝕む理由
The Anxious Generation: How the Great Rewiring of Childhood Is Causing an Epidemic of Mental Illness
著者ジョナサン・ハイト
カバー
デザイン
Dave Cicirelli
言語英語
出版社ペンギン・ブックス
出版日2024年3月26日
出版形式Print (hardcover), e-book, audiobook
ページ数400
ISBN978-0-593-65503-0 (First edition hardcover)
305.230973
LC分類HQ792.U5 H23 2024

不安の世代 : スマホ・SNSが子どもと若者の心を蝕む理由』(ふあんのせだい:スマホ・SNSがこどもとわかもののこころをむしばむりゆう、原題: The Anxious Generation: How the Great Rewiring of Childhood Is Causing an Epidemic of Mental Illness)は、ジョナサン・ハイトの2024年の著作。スマートフォンソーシャルメディア、そして過保護な親たちの拡大が、子どもの心を蝕み若者の精神疾患英語版の増加を招いていることを主張している[1][2]。副題の直訳は「幼少期の脳の再配線が精神疾患の蔓延を引き起こしている理由」。

ハイトは、過保護な親たちによって悪化している、遊びに興じた子ども時代の喪失と、スマートフォン使用の普及との組み合わせが、2000年代末から子どもたちを蝕んでいる、と主張する[3]ウォールストリートジャーナル紙の「未来のすべてフェスティバル」でのインタビューで、彼は学校でのスマートフォン使用英語版をやめさせ、代わりに機能が制限されたガラケーの使用を主張している[4]

第1部 子ども時代を脅かす大転換

ハイトは、18歳以下の子どものメンタルヘルスに関する統計を、不安障害うつ病自傷行為、そして自殺などを含む精神疾患のさまざまな基準に基づいて分析している。いずれの疾患も、スマートフォンが広く普及した2010年頃に突然増えだしている。ハイトはまた、同様の現象は30歳以上の大人では大幅に減少しており、他の先進国でも同様の現象が見られるとしている。彼はまた、過去の経済危機ではそうした傾向はみられなかったことから、2008年の世界金融危機が原因だという可能性を否定している。

第2部 「遊び中心の子ども時代」の衰退

タレブの著作『反脆弱性英語版』からヒントを得たとして、ハイトは子どもたちが「反脆弱」であり、いくらかの逆境が必要で、大人になって困難な状況に対処するには若いころの挑戦が必要だと主張している。そうした経験がない大人は対処能力に欠けるので、不安にとりつかれ、うつ病などにかかりやすくなる。歴史的に見て、子ども時代の逆境や挑戦は遊びを通じて起こるもので、そこで子どもたちはリスクをとり、自分の限界を試し、失敗によって対処法を学んできた。

彼の共著『傷つきやすいアメリカの大学生たち』の研究から、ハイトは両親や教師や保護者達の「過保護」によりリスクを取ることが過小評価され、子どもたちが肉体的にも精神的にもリスクをとることを避けられていると主張する。たとえば、遊び場の遊具は近年、切り傷や打撲傷をしないようなものになっており、その結果年長の子どもたちにとって挑戦的でなくなり、自分の限界を試すことも許されなくなっている。

さらには、ここ数十年の間に学校の授業時間が増加して休憩時間が減少したことや、都市設計が歩行者より自動車を優先するようになったことで、子どもたちが毎日経験する多くの遊びが減ってしまった。そして子どもたちが友達の家に入ったり公園などの公共施設に行くことが難しくなっている。

この2つの要因により、子どもたちはテレビを見たりコンピュータを使うといった、室内で一人で過ごす時間が促された。遊びの選択肢がほとんど、あるいはまったく無く、友達と一緒に遊ぶ機会も少ないため、スマートフォンが登場してから、子どもたちは特にソーシャルメディアを通してスマートフォンに費やす時間が増大している。

第3部 「スマートフォン中心の子ども時代」の台頭

ソーシャルメディアの4つの弊害として、人間関係の希薄化、睡眠不足、注意力の断片化、そして依存症があげられている。

2021年のFacebook情報漏洩英語版からの引用情報として、ハイトはFacebookInstagramが10代の、特に女子に対して弊害があることを、Facebook(現Meta)が認識していたと指摘した。さらに、内部告発は企業が10代がさらに彼らの製品を使い続ける方法を研究していたことも明らかにした。

ソーシャルメディアの弊害の中で、ハイトは近年のスマートフォンの普及後10年間で、友人と過ごす時間が2010年以降明らかに減少し、多くの学生の睡眠時間が7時間以下になり、親しい友人が数人いると答えた10代の若者が減少していることを指摘している。この変化は30歳以上の大人には起こっておらず、男子よりも女子に多く影響している。

ソーシャルメディアが「精神的退廃」を招くという概念が考察されている。ハイト自身は無神論者だが、集団的儀式、他の人と同じ場所で過ごすこと(身体化)、静寂、自己の超越、怒りは緩やかに許しは速やかに、自然への畏怖、というような人間の共通の経験が精神的経験には含まれると指摘した。これらはほとんどソーシャルメディアには欠けており、それゆえに強くそれに晒された子どもたちは、人間経験の重要な部分に欠けている。ハイトはアノミーの概念を、自分の人生に不満足な10代の調査結果と関連付けている。

第4部 子ども時代健全化のために集合行為問題に挑む

ハイトは、多くの親たちが、取り残されたくないというプレッシャーから子どもたちにスマートフォンを与えるしかないと感じているので、集合行為を起こすのが必要だとしている。彼は政府、テック企業、学校、親たちにとっての解決策を複数あげている。

政府の解決策には、イギリスの児童コード英語版のような規定を他の国にも導入するとか、アメリカの児童オンラインプライバシー保護法英語版の適用を、13歳以下から16歳以下に引き上げるなどが挙げられる。ハイトはまた、一定の年齢以下の子どもたちに企業がアカウントを提供するのを禁止する法律の制定も提案している。

テック企業の解決策には、iOSAndroidなどのスマートフォンプラットフォームに、親たちが限定的利用やアクセスを管理できる追加機能を提供することがあげられる。彼は、子ども向け制限機能のついたスマートフォンが、ユーザーがアカウントを持つにはまだ十分な年齢ではないとソーシャルメディアサイトに事前に伝えるのを提案している。

学校の解決策は、授業中はスマートフォンの使用を禁止することである。ハイトはまた、休憩時間を増やし、昔のリスクのある遊びを推奨することで、彼らが画面を見たりソーシャルメディアでない選択肢を得られ、回復力を養い彼らが「反脆弱性」を獲得するとしている。

親たちの解決策には、過保護を控えて子どもの回復力を育み、遊びを推奨し、親の監視を外れるのを許容し、子どもたちが自分自身で物事を達成するのを促すことを挙げている。ハイトは、年齢に応じた追加案も提唱している。それは、小さな子にはガラケーを与え、より多機能なスマートフォンは成長してから与えることなどである。子どもたちが取り残されていると感じるのを防ぐには、親たちが集団で子どもたちにスマートフォンを与えないことに賛同するのが大事で、たとえば「8歳まで待つ」という誓約を挙げている。

批評

2025年4月時点で、この書籍はニューヨーク・タイムズのベストセラーリストに52週連続で掲載された[5]。2024年にはこのリストのトップ英語版に5回載った。

この本はオプラ・ウィンフリージェシカ・サインフェルド英語版から支持された[6] 。アーカンソー州知事サラ・ハッカビー・サンダースは、合衆国各州と準州の知事にこの本を送り、「アメリカの精神疾患危機と戦うために、子どもたちがソーシャルメディアと画面を見るのを制限し、外で遊ぶことを推奨するために協力してほしい」と訴えた[7]

同時に、心理学者クリストファー・ファーガソン英語版や社会学者マイク・A・メイルズ英語版など他の評論家は、この本やその主張を、モラル・パニックをまた引き起こすものだと批判している[8][9][10][11][12][13][14][15]

学術レビュー

カリフォルニア大学アーバイン校デューク大学の教授で発達心理学者キャンディス・オジャーズ英語版は、『ネイチャー誌』に書評を掲載し、ソーシャルメディアとメンタルヘルスについての多くの実証的証拠は、大きな、あるいは一貫したマイナスの影響を示しておらず、ソーシャルメディアの使用とメンタルヘルス問題の相関関係は、逆因果関係を反映している可能性がある、と主張した。オジャーズは次のように書いている。

まず、この本はたくさん売れているが、それはジョナサン・ハイトが、多くの親が信じやすいような恐ろしい話をしているからでだ。次に、デジタル技術は子どもたちの脳を蝕み精神疾患の原因となっているという、この本が繰り返し主張していることに、科学的根拠はない。さらに悪いのは、ソーシャルメディアが原因だという大胆な主張は、若者の現在のメンタルヘルス危機の本当の理由に効果的な対処をすることから私たちの注意をそらす可能性があることだ。

オジャーズは、「私は皆さんのフラストレーションや単純な答えを知りたい気持ちがわかります。私も思春期の子どもの親として、この世代が訴えている悲しみと苦しみの単純な原因を知りたいと思っています」と書いている[16]

オジャーズの批判に対し、ハイトはX(旧Twitter)で、彼と共同研究者のザック・ラウシュが数多くの実証研究をまとめており、そのほとんどが彼の主張を支持している、と反論した。多くの相関関係があるが、ハイトは彼の研究には因果関係となる証拠が多く含まれると主張した。彼はその研究時期と国際的視野はスマートフォンとソーシャルメディアの普及と直接つながるものだと主張した。さらに、オジャーズがメンタルヘルスの危機をすべて2008年の世界的金融危機に結び付けていると指摘している。同時に、ハイトは彼の本の批判者-特にオジャーズ―が、メンタルヘルスの衰えの「代替的な説明」を欠いていると主張した。(ハイトによると、彼の本の批評には代案がかけており、ハイトの説明が正しい)。[17]

ジャーナリストの反応

ニューヨーク・タイムズ』でデヴィッド・ウォレス=ウェルズ英語版は、社会的またメンタルヘルスの面での言説形成にハイトが影響していると認めている。しかしながら、10代のメンタルヘルスの傾向は国によって異なり、注意深く解釈するのが必要だとしている。彼は特にハイトが取り上げた自傷者による救急外来受診記録の増加問題に異議を唱え、メンタルヘルスガイドライン(2011年)の変更と、障害の意図性についての記録(2015年)もまた増加を説明できるとした。彼はまた、生活満足度英語版は低下していないことをあげている。ウォレス=ウェルズは、幸福度の低下とスマートフォンの関係を示す証拠は弱く、議論の余地があるというエイミー・オーベン英語版アンドルー・シュビルスキースペイン語版のような研究者たちを引用した。ウォレス=ウェルズは結論として、スマートフォンが10代の若者にとって精神的苦痛の一因になっているとしても、うつ病や不安の増加を技術のみの原因とするは、もっと微妙な問題を単純化しすぎているとしている[18]

ガーディアン』の寄稿でソフィー・マクベインはこの本を称賛し、スマートフォン漬けの子ども時代の危険性についての「緊急で説得力ある警告」と書いている。しかし彼女は、ハイトが気候変動や政情不安などのグローバルな問題や、それについてのメディアの報道を軽視しているのに疑問を呈した。マクベインはまた、ハイトの過保護な子育ての論理が、彼のスマートフォン研究と比べ「根拠が乏しい」と指摘した[19]

タイムズ』のヘレン・ランブローは、相関関係に「過度に重きをおいている」という一部の学者の批評があることを認めたうえで、肯定的な書評を書いた[20]

ブロガーのマイク・マズニック英語版は、「アメリカの親たちを甘やかし、苦しむ子どもたちを救うのに単にインターネットアクセスを制限すればいいと知らせるのは、深刻な問題を起こす可能性がある」と指摘した。マズニックは、ハイトの推奨している児童コード英語版児童オンライン安全法英語版には問題があるとし、ハイトが「使い方をよく習った多くの人たちから役立つツールを奪い、ちゃんと習っていない少数の人を守ろうとしている。より良い解決策は、誰でもが適切にツールを使え、年齢に応じた方法を知ることではないか」と主張している[21]

ジャーナリストのテイラー・ローレンツ英語版は、ベビーブーマー世代と主要メディアがモラルパニックを起こしている例として、この本を何度も紹介している。彼女は、過去にもテレビやビデオゲームをみることが子どもたちを害すると言われたことの反映だとしている。彼女はこの本が、多くの国でインターネットやいくつかのウェブサイトへのアクセスを年齢制限したり、ソーシャルメディアがメンタルヘルスの問題だと非難することの原因だと指摘している[22][23]

政治的影響

ロイター通信は、この本がきっかけでオーストラリアのオンライン安全改正法英語版が2025年11月に成立し、16歳未満の未成年者がソーシャルメディアを使うのを制限された、と報じた[24]

日本語訳と批評

2026年1月に草思社から西川由紀子の訳で『不安の世代 : スマホ・SNSが子どもと若者の心を蝕む理由』が刊行された[25][26]

日本経済新聞は本書の紹介で、Z世代が10代になった途端、世界中に10代の精神疾患が急増し、それがスマホの急速な普及と重なると指摘。「オーストラリアに始まり、フランスやスペインでも10代半ばまではSNS利用を制限しようとする動きが続く。日本で議論する際に頭の整理に役立つはずだ」としている[27]。さらに著者ジョナサン・ハイトのインタビュー記事を掲載し、警鐘の内容を直接語らせている[28]

作家の石井光太は産経新聞で、スマホの普及と連動して若者の精神疾患が、日本でも諸外国でも増加しており、本書の著者がその事実を一つ一つ浮き彫りにしていると紹介。本書が示しているのは「スマホなしでは成り立たない世界での正しい共存のあり方だ。欧米に比べてSNSの規制が遅れている日本に暮らす人にこそ、ぜひ本書を読んでいただきたい」としている[29]

ジャーナリストの伊澤理江は毎日新聞で、スマートフォンが急速に普及した2010年代以降、若者の精神疾患が急増したのは、子ども時代が「現実世界」から「仮想世界」へ移行したからと本書の指摘を紹介。親たちは過保護になった一方、スマホの中には無関心で変化を見過ごしてきた。著者が対処の具体的提言を世界に発信し、警鐘を鳴らし続け、オーストラリアなどの規制に影響を与えている。日本の大人たちはどうするべきか、「その答えはちゃんと本書に用意されている」としている[30]

こども家庭庁は2026年3月の青少年インターネット環境整備法の在り方等に関する検討WGによる『青少年インターネット環境整備法に係る検討事項について』の中で、SNS規制の背景として本書に触れている[31]

関連項目

脚注

外部リンク

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