世田谷区立笹原小学校
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| 世田谷区立笹原小学校 | |
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北緯35度38分44.12秒 東経139度37分16.54秒 / 北緯35.6455889度 東経139.6212611度座標: 北緯35度38分44.12秒 東経139度37分16.54秒 / 北緯35.6455889度 東経139.6212611度 | |
| 国公私立の別 | 公立学校 |
| 設置者 | 世田谷区 |
| 設立年月日 | 1958年4月1日 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 学期 | 3学期制 |
| 学校コード | B113211200261 |
| 校地面積 | 11,070 m2 |
| 校舎面積 | 5,082 m2 |
| 所在地 |
〒156-0054 東京都世田谷区桜丘五丁目19番1号 |
| 外部リンク | 公式サイト |
沿革
開校までの経緯

国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)(現・地図・空中写真閲覧サービス)の空中写真を基に作成
当校は1957年4月1日に設置された桜丘小学校分校が起源となる[6][7]。本校の桜丘小学校は1922年の開校[8]以来、桜丘地区唯一の小学校として運営されてきたが、1950年代に入ると急激に児童数が増加していった。1949年度以降の児童数をみると、1949年度は1,265人で世田谷区内では平均的な規模[注 1]であったのが[9]、1953年度に1,653人[10]、1956年度には1,872人に膨れ上がり、かねてより1,500人以上を有する玉川小学校や八幡小学校などを凌ぎ、世田谷区内では桜小学校(1,889人)、松沢小学校(1,885人)に次いで3番目に多い児童数となった[9][10][11]。そこで学区を分割し児童を分散する機運が高まり、1956年より学校の新設に乗り出した[12]。
1956年8月29日の世田谷区議会第5回臨時会で世田谷5丁目3127番地、同3128番地、同3129番地の1,999平方メートルを483万円で取得することが可決され[13]、同年11月27日の第7回臨時会で大塚組に対する校舎建設工事の請負契約が可決された[14]。校舎は木造5教室で、工費は1,035万円であった[12]。なお8月の第5回臨時会時点では校名を第二桜丘小学校と暫定的なものであったが、11月の第7回臨時会では桜丘小学校分校に定められている[15]。
1957年2月28日の第1回臨時会において、世田谷5丁目3013番地に桜丘小学校分校の名称で設置することが可決され[16]、同年4月1日に桜丘小学校の分校として開校をみた[7]。その後同年9月28日には校地を拡張するため2,433平方メートルを取得することが可決された[17]。
1958年3月13日の第1回定例会において桜丘小学校の分校としての存続を廃止し、新たに笹原小学校[注 2]として独立校に昇格させることとなり、同年4月1日に桜丘小学校から分離独立を果たした[20][7]。これにより桜丘小学校の児童数は1,816人に落ち着いている[21]。
笹原小学校開校後
1958年4月に児童536人・12学級で開校後、同年5月27日には校章を制定し、6月24日には開校記念式典を挙げた[21][22]。1960年11月6日には野口茂夫の作詞、岩波太郎の作曲の校歌を制定した[22][5]。
施設
特徴
東京都でも数少ない「目の教室」がある。
通学区域
進学先の中学校
進学先は桜丘地区内にある世田谷区立桜丘中学校が指定されている[23]。
