並松町 (堺市)
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河川
歴史
堺市街を取り囲む環濠の外だったこともあり、当初は摂津国住吉郡七道村の一部だったが、文政年間に並松町として堺市街に編入された。町名は寛永年間に街道の両側に松の木が植えられて以来「並松」や「松中」と通称されていたことによる。ちなみに、現在の七道東町は「松東」、七道西町は「松西」と通称されていた。
当町の堺市街編入によって七道村の大和川以南は東西に分断されることになった。1871年(明治4年)の摂泉国境変更によって七道村の大和川以南は和泉国大鳥郡へ転属となり、1887年(明治20年)頃に江戸時代から続く東西分断による支障を解消するため当町への編入を願い出たが実現しなかった。大鳥郡七道村は1889年(明治22年)の町村制施行により大鳥郡向井村大字七道となったが、東西分断による支障を解消するため、1894年(明治27年)に向井村の他の大字に先がけて大字七道が堺市へ編入された。
世帯数と人口
2024年(令和6年)3月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[2]。
| 町名 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 並松町 | 90世帯 | 133人 |
人口の変遷
国勢調査による人口の推移。
| 1995年(平成7年) | 246人 | [6] | |
| 2000年(平成12年) | 230人 | [7] | |
| 2005年(平成17年) | 221人 | [8] | |
| 2010年(平成22年) | 164人 | [9] | |
| 2015年(平成27年) | 206人 | [10] | |
| 2020年(令和2年) | 224人 | [11] |
世帯数の変遷
国勢調査による世帯数の推移。
| 1995年(平成7年) | 102世帯 | [6] | |
| 2000年(平成12年) | 101世帯 | [7] | |
| 2005年(平成17年) | 87世帯 | [8] | |
| 2010年(平成22年) | 95世帯 | [9] | |
| 2015年(平成27年) | 104世帯 | [10] | |
| 2020年(令和2年) | 122世帯 | [11] |