中原道夫 (詩人)

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中原 道夫(なかはら みちお、1931年6月5日 - 2025年9月18日[要出典])は、日本詩人

埼玉県所沢市生まれ。1952年東京学芸大学学芸学部国語科に入学。日本電信電話公社東京中央電信局に勤務しながら通学し、1954年に詩誌「棘」創刊。1956年板橋区立桜川小学校に着任。同年処女詩集『石の歌』を上辞。同年「埼玉詩人クラブ」結成に参加。1992年教職を退き、都立中央図書館に非常勤の嘱託として勤務。

所属「棘」「光線」「花粉」「閃」同人を経て、現在「柵」「日本未来派」同人。「金沢文学」特別同人。「い」編集発行人。

日本ペンクラブ日本文芸家協会日本現代詩人会会員、日本詩人クラブ常任理事、日本現代詩歌文学館評議員、埼玉文芸家集団刊行委員長など。元日本詩歌句協会副会長。

既刊詩集に『石の歌』『雪の歌』『薔薇を肴に』『だから女よ』『腫瘍』『雪の朝』『傘のないぼくに』があり、詩論集に『今一度、詩の心を』『ぶら下がり』。小説に『野球先生』『野人投手物語』他がある。

また俳誌「十七音樹」に所属し「所道夫」あるいは「中原道夫」名で俳句を発表している[1]

日本共産党に対しては、肯定的な価値観を持っている[2]

受賞

2006年「わが動物記、そして人」で第37回埼玉文学賞(詩部門)

(受賞の言葉)埼玉に生まれ、埼玉に育った私にとって、埼玉文芸賞の受賞は、まるで故郷の香りをいただくような喜びです。

詩集・評論

脚注

外部リンク

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