中山伝信録
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『中山傳信録』と尖閣航路
徐葆光は福建沿岸の馬祖列島海域でパイロットを琉球王府の役人に任せ、それから尖閣航路に向かう[9]。『中山傳信録』の尖閣航路の記述は、琉球の程順則著『指南広義』にもとづくと明記されている。『指南広義』は那覇福州間の尖閣航路書である。歴代尖閣航路は琉球王府の役人が水先案内してきたが、西暦1683年、册封使汪楫が清國側で尖閣航路を掌握しようと試みたため、臺灣海峽内で册封船の琉球パイロットと航路爭いが起こり、結局は引き続き琉球パイロットがナビゲートしたという事件があった。程順則はこの事件を承けて琉球側の航路の正當性を婉曲に主張するために福州で刊行したのが『指南広義』である。徐葆光はこのことに内心憤りながらも『指南講義』を採用した[10]。