滋賀県守山市出身[2]。旧制名古屋工業専門学校(現・名古屋工業大学)建築科卒業[2]。旧建設省技官、滋賀県庁を経て、愛知工業大学教授に就任[2]。
1993年(平成5年)に彦根市長選挙に立候補して、現職の獅山向洋、共産党の新人を破って初当選[4]。
※当日有権者数:72,781人 最終投票率:-%(前回比:-pts)
| 候補者名 | 年齢 | 所属党派 | 新旧別 | 得票数 | 得票率 | 推薦・支持 |
| 中島一 | 67 | 無所属 | 新 | 22,399票 | 53.6% | - |
| 獅山向洋 | 52 | 無所属 | 現 | 16,743票 | 40.0% | - |
| 酒井紳一 | 34 | 日本共産党 | 新 | 2,680票 | 6.4% | - |
市長選に立候補して、無所属の新人、元職となった獅山、共産党の新人を破って再選を果たした[5]。
※当日有権者数:77,223人 最終投票率:-%(前回比:-pts)
| 候補者名 | 年齢 | 所属党派 | 新旧別 | 得票数 | 得票率 | 推薦・支持 |
| 中島一 | 71 | 無所属 | 現 | 19,027票 | 46.9% | - |
| 大森修太郎 | 58 | 無所属 | 新 | 12,089票 | 29.8% | - |
| 獅山向洋 | 56 | 無所属 | 元 | 6,831票 | 16.8% | - |
| 内田たかひで | 41 | 日本共産党 | 新 | 2,636票 | 6.5% | - |
市長選に立候補して、大久保貴ら無所属新人2人と共産党の新人1人を破って3選を果たした[6]。
※当日有権者数:80,880人 最終投票率:-%(前回比:-pts)
| 候補者名 | 年齢 | 所属党派 | 新旧別 | 得票数 | 得票率 | 推薦・支持 |
| 中島一 | 75 | 無所属 | 現 | 16,915票 | 44.7% | - |
| 中居正威 | 58 | 無所属 | 新 | 10,104票 | 26.7% | - |
| 大久保貴 | 37 | 無所属 | 新 | 6,984票 | 18.4% | - |
| 山内善男 | 47 | 日本共産党 | 新 | 3,855票 | 10.2% | - |
2005年(平成17年)の選挙には立候補しなかった[7]。同年5月9日に市長を退任した[8]。
市長在任中は、都市計画の専門家として、江戸時代の彦根城下町の街並みを再現した「夢京橋キャッスルロード」などの整備を進めた[2]。また、平成の大合併の際には、周辺の豊郷町、甲良町、多賀町との1市3町での合併に取り組んだが、市民の意向調査で反対意見が多数を占め、失敗に終わった[9]。
2012年6月11日、脳出血のため死去、86歳没[3]。死没日をもって正五位に叙される[10]。