井伊直愛
日本の政治家
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経歴
伯爵井伊直忠の庶子[3][4]。生母は東京の斎藤ふく[3][4]。
海軍軍人志望だったが体格に自信がなく、また当時の軍を支配していた藩閥を嫌って学問の道に進み、東京帝国大学農学部水産学科から同大学院に学ぶ[5]。専門はアミ類で、約50種の新種を発見した。東大農学部嘱託、文部省資源科学研究所や滋賀県水産試験場、滋賀大学経済学部講師などを歴任した。
1953年から連続9期にわたって彦根市長を務め、「殿様市長」と呼ばれた。在任中の1968年、明治百年を契機に、桜田門外の変以来の歴史的わだかまりを超えて彦根市長として、井伊家当主として、水戸市の木村傳兵衛市長と話し合い、同市と親善都市盟約を締結した。1989年の選挙で獅山向洋に敗れる。
公務の傍ら水産学の研究を続け、1961年には25年がかりの研究論文「極東海域におけるアミ科の分布に関する研究」で東京大学より農学博士の学位を取得した[2]。