中島巌 (政治家)
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長野県下伊那郡下條村生まれ。小学校卒業後、荷馬車運送業に従事し、貨物輸送の下條自動車を設立。第二次世界大戦中の企業統合により、下伊那自動車と経営統合し、さらに旅客輸送の南信自動車社長となり、昭和20年(1945年)信南交通発足とともに社長に就任した。また輸入石油、飯田ヂーゼル、中島木工製作所などの社長、会長を務めた。
下條村会議員、長野県議会議員を経て、昭和30年(1955年)第27回衆議院議員総選挙に長野県第3区から出馬し、初当選した。1964年東京オリンピックの会場視察のため欧米に派遣された後、中央自動車道建設促進委員会理事、国土開発縦貫自動車道審議会委員、長野県交通安全協会連合会長などを歴任し、交通政策に尽力した。同45年(1970年)勲三等旭日中綬章を受章。