中嶋章
日本の電気技術者
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生涯
業績
1935年から1940年にかけて『電信電話学会雑誌』(1937年から『電気通信学会雑誌』)に、デジタル回路の基礎であるスイッチング理論の嚆矢となる、一連の論文を発表。これらは同学会の英文誌 "Nippon Electrical Communication Engineering" に、1936年から1941年にかけて英語論文としても発表された。
たとえば1935年の論文「継電器回路の構成理論」で[2][3]、回路の直列接続を和、並列接続を積で表現すると、代数の分配法則 A(B+C)=AB+AC と同様の法則が成立することを示し、また集合論のド・モルガンの法則に相当する規則を示した。
1936年の榛澤正男(1913-?)との共著「継電器回路に於ける単部分路の等価変換の理論」では、無駄な回路を簡素化することができる「消去の法則」などを論じた中嶋章、榛澤正男「継電器回路に於ける単部分路の等価変換の理論」『電信電話学会雑誌』第165号、1936年、1087-1093頁。[4]。
シャノンとの関係
同時代の情報理論の考案者として世界的に有名なのはクロード・シャノンである。"A symbolic analysis of relay and switching circuits.(継電器及び開閉回路の記号論的解析)" で[5] 、中嶋と同様に電気回路の理論を構築したが、これはブール代数と等価であることも示した点で、よりスマートである[要出典]。
1939年から1940年にかけて中嶋は米国に出張し、AIEE[注釈 1]のウインターコンベンションでシャノンに会った。シャノンも中嶋の論文を知り、1949年の論文 "The synthesis of two-terminal switching circuits." では中島の1938年の英文論文を4点引用している[6]。