中川智春
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| 選手情報 | ||||
| 国籍 |
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| 種目 | 長距離走 | |||
| 所属 | トーエネック | |||
| 生年月日 | 1986年4月8日(39歳) | |||
| 生誕地 |
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| 身長 | 178cm | |||
| 体重 | 58kg | |||
| 自己ベスト | ||||
| 1500m | 3分45秒08 (2018年) | |||
| 3000m | 7分55秒44 (2018年) | |||
| 5000m | 13分37秒90 (2015年) | |||
| 10000m | 28分19秒46 (2015年) | |||
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中川 智春(なかがわ ちはる(旧姓:中村)1986年4月8日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は1500m・5000m。滋賀県出身。静岡県立藤枝東高等学校、明治大学文学部卒業後、現在はトーエネックに所属。兄はスズキ浜松ACに所属し、3000mSCなどで活躍した中川智博。
大学まで
- 中学・高校時代より都道府県対抗駅伝の代表(滋賀県・静岡県)に選ばれ、明治大学でも箱根駅伝6区に2度出走するなど常に全国レベルの大会に出場していたが、同世代に東海大学・佐藤悠基、早稲田大学・竹澤健介など後にオリンピックに出場するような有力ランナーが多く、また明治大学陸上部の3学年下には後に5000m・10000mで日本歴代2位の記録を樹立する鎧坂哲哉がいるなど周囲のレベルの高さから、目立った存在ではなかった。
実業団
- 卒業後は日産自動車への入社が決まっていたが、リーマン・ショックの影響で加入予定だった陸上競技部が休部[1]となり、トーエネックに入社。実業団選手としての活動を開始する。
- 入社後も1500m・5000mを中心に自己ベストを更新し続け、ニューイヤー駅伝に出場するなど主力選手として活躍を続けていたものの、同世代の選手と比較すると隠れた存在であったが、2015年、くろしお通信・四国電力で大島健太、大森輝和、渡邊和也らを育てた松浦忠明が監督に就任[2]したのを転機に頭角をあらわし、29歳で日本選手権に5000mで初出場を果たすと勢いそのままに8位入賞を果たし、自己ベストも一気に13分37秒90まで伸ばした[3]。
- 以降も29歳で日本選手権初出場を果たした遅咲きながら、2015、2016、2017、2018年と1500m・5000mで日本選手権にて4年連続入賞を果たし、多くの長距離選手が引退していく30代としては異例に、1500m,3000m,5000mで自己記録を更新し続けている。
- 東洋大学で活躍した服部弾馬はトーエネックのチームメイト。
- 2019年5月引退
主な戦績
| 年 | 年次 | 大会 | 所属 | 種目 | 順位 | 記録 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2002 | 中3 | 第7回全国都道府県対抗駅伝 | 滋賀・長浜西中 | 6区3km | 8位 | 8分56秒 | |
| 2004 | 高2 | 第9回全国都道府県対抗駅伝 | 静岡・藤枝東高 | 4区5km | 15位 | 14分47秒 | |
| 2005 | 高3 | 第10回全国都道府県対抗駅伝 | 4区5km | 10位 | 14分40秒 | ||
| 2007 | 大2 | 第83回箱根駅伝 | 明治大学 | 6区 | 11位 | 61分05秒 | |
| 2009 | 大4 | 第85回箱根駅伝 | 6区 | 4位 | 59分36秒 | ||
| 2012 | 社4 | 全日本実業団選手権 | トーエネック | 1500m | 3位 | ||
| 2015 | 社7 | 日本選手権 | 5000m | 8位 | |||
| 2016 | 社8 | 日本選手権 | 1500m | 7位 | |||
| 2017 | 社9 | 日本選手権 | 1500m | 8位 | |||
| 2018 | 社10 | ゴールデングランプリ大阪 | 3000m | 3位 | 7分55秒44 | PB[4] | |
| 2018 | 社10 | 日本選手権[5] | 5000m | 6位 |
その他:2011、2013-2018年ニューイヤー駅伝出場