中村コウ
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北海道釧路市出身。釧路市第三高等小学校、北海高等女学校の学生時代に1936年ベルリンオリンピック日本代表に選ばれる。[1]
1935年、日本選手権で、35m90をマークして優勝、日本一になった。
1936年5月23日・24日のベルリンオリンピック参加の為の最終予選会で37m80を投げて優勝[2]。2位の峰島秀と共にオリンピック出場。8月4日の女子円盤投で4位。[3][4] 力投シーンは、記録映画『民族の祭典』に登場する[3]。
ベルリンオリンピックの時点でまだ15-16歳と若かったため、1940年東京オリンピックの金メダル候補として期待されたが、日支事変の影響などで日本政府が開催権を返上、大会は開かれずに幻に終わった。