中村京太郎

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中村 京太郎(なかむら きょうたろう、1880年3月25日[1] - 1964年12月24日)は、日本週刊点字新聞点字毎日』の初代編集長、日本初の普通科盲人教員。

1880年静岡県浜名郡和地村(現・浜松市中央区)で生まれた。生来の弱視で、小学校に入ることもできなかった。13歳になって、東京盲唖学校の存在を知る。反対する両親を説得して、1894年に14歳で同校に入学する。卒業と同時に東京盲唖学校の普通科教員になったが、これは、視覚障害者が同校の普通科教員になったケースとしては第1号であった。台湾慈恵院盲部の主任教諭などを務めて、1922年に『点字毎日』の編集主任になり、同紙の刊行に尽くすとともに、視覚障害者のための数々の事業をも始めた。

  • 『道ひとすじ―昭和を生きた盲人たち―』で、昭和時代に活躍した著名な盲人100人の一人に挙げられている。
  • 著書『評論集 光よ照らせ』と、阿佐博『中村京太郎―目を閉じて見るもの―』は、大空社の「盲人たちの自叙伝」第3期20冊の1冊として復刻された。

略歴

『点字毎日』

脚注

参考文献

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