中村勉 (建築家)

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生誕 (1946-04-01) 1946年4月1日(78歳)
日本の旗 日本 東京都
国籍 日本の旗 日本
出身校 東京大学工学部建築学科
職業 建築家
中村勉
生誕 (1946-04-01) 1946年4月1日(78歳)
日本の旗 日本 東京都
国籍 日本の旗 日本
出身校 東京大学工学部建築学科
職業 建築家
受賞 リーフ賞ヨーロッパ先進建築家フォーラムアヲード
アルカシヤサステイナブルゴールドメダル
日本建築学会作品選奨4回、作品選集4回
建設業協会賞BCS建築賞
日本建築家協会環境建築賞優秀賞4回
中部建築賞2回
グッドデザイン賞3回
日本建築士会連合会賞3回
東京建築賞3回
文教施設協会賞3回
医療福祉建築賞
所属 中村勉総合計画事務所所長、ものつくり大学名誉教授、元工学院大学教授
建築物 東松山市化石と自然の体験館
東松山市箭弓町ポケットパーク
熊谷市奈良川調節池スカイソーラー発電所
木創研広窓パッシブ型ゼロエネルギーハウス
みなと保健所
七沢希望の丘初等学校
和光小学校・幼稚園
太田市立中央小学校改修
横浜市立港北小学校改修
宇陀市立菟田野小学校
旭町立旭中学校
大東文化大学板橋キャンパス
東北高等学校アカシヤ館
けまない福祉コミュニティエリア /どまっこ多世代交流センター/くらみせ生きがい就労拠点/障碍者グループホームBON通り/ケアホーム/月山の郷
東山学園
あいちたいようの杜
余呉やまなみセンター・はごろもセンター
川湯の森病院
プロジェクト

木創研広窓パッシブ型ゼロエネルギーハウス

  • 木創研亀崎モデルハウス
    木創研越屋根の家
    木創研千ヶ滝ポジティブエネルギーハウス

スカイソーラー発電所計画

  • 常磐ハワイアンズスカイソーラー駐車場発電所
    東松山市箭弓町ポケットパークスカイソーラー
    熊谷市奈良川第二調節池スカイソーラー発電所
    会津若松市豪雪地型カーポートスカイソーラー
デザイン 七沢希望の丘初等学校
あいちたいようの杜
旭町立旭中学校
大東文化大学板橋キャンパス

中村勉(なかむら べん、1946年‐)は、日本建築家プランナー建設コンサルタント。中村勉総合計画事務所代表。元工学院大学教授ものつくり大学名誉教授

一般社団法人木創研理事長。脱炭素社会推進会議代表議長(22団体)元東京建築士会会長、元環境委員会委員長、日本建築士会連合会環境部会長。日本建築家協会 JIA元環境行動ラボ代表。日本建築学会 元地球環境委員会委員長。公共建築協会・都市デザイン会議会員。公益財団法人十市県主今西家保存会理事。元福島県南相馬市復興会議委員、元浪江町復興委員。

略歴

  • 1969年東大健築学科卒 槇総合計画事務所にて金沢地先並木町住宅地、金沢海の公園、加藤学園、聖マリア学園、マレーシアサバ州リカススポーツ公園、トヨタ鞍ヶ池記念館設計。
  • 1970年以降、横浜市で田村明のまちづくりに参加。
  • 1987年から長島幸一氏とAURコンサルタント設立。副所長として、マレーシアサバ州都市設計に参加、石原なちこ記念体育館設計。
  • 1988年中村勉総合計画事務所設立。那須友愛の森・彫刻シンポジウム設計、多摩ニュータウン唐木田地区住宅地景観計画設計、長野県浪合村新しい村づくり、福島県相双地域鹿島町まちづくり事業、秋田県仙北平野中仙町水の郷づくり、大島町農林業活性化事業計画、奈良県宇陀市菟田野町で木造公共施設設計・監修などに従事。菟田野町役場。菟田野町保健センター、菟田野小学校、木造町営団地、グランソウル奈良等設計。愛知県長久手南部景観計画、秋田県鹿角市毛馬内のこもせの町再生計画等のまちづくりに参加
  • 1989年から長澤悟氏と学校施設計画を、外山義氏と福祉施設計画を研究し、建築・地域計画を通じ、地球環境問題への啓蒙、木造建築の規制緩和と普及、学校教育環境への提案、 福祉サービスの将来像、地域の活力を育てる活動を行っている。
  • 2007年環境省21世紀環境立国戦略部会委員、その後環境省中長期ロードマップ委員会委員、国交省・経産省・環境省低炭素社会に向けた住まいと住まい方推進会議委員、 林野庁・国交省木のまち木のいえ推進フォーラム幹事委員、経産省NEDO審査委員、環境省学校エコ改修・環境教育事業顧問などを歴任し、 環境建築の研究と低炭素社会政策提言を行っている。環境省学校エコ改修事業、全国エコハウス建設・普及事業プロデュース。
  • 2011年UIA東京大会では2050EARTH CATALOGUE展をプロデュースし、160の2050年社会の断片を展示、16のトークショーを主催した。
  • 2009年環境省の環境研究総合推進費の支援により、日本建築学会で「低炭素社会の理想都市実現に向けて」の研究を3年間行い、 その成果を東大、日大、東工大のグループと2011年4月に13+1の提言にまとめた。この背景を基に3.11大震災後の福島復興計画を各分野に発信している。南相馬市復興有識者会議委員、浪江町復興有識者会議委員。復興計画から浪江町、飯舘村、南相馬市への再生可能エネルギー提案、ローコストゼロエネルギーハウスの提案を行ってきた。この試みが全国へ展開し、スカイソーラー発電所計画となり、Wales, Durban, Cailo, Bangkok, Colomboなどで身近にエネルギーを作る方法を提案している。
  • 同時にキマドクワトロサッシを開発し、一般社団法人木創研を設立し、広窓のパッシブ型ゼロエネルギーハウスを各地の工務店、設計者、建材メーカーを支援する方式で建設を始める。
  • 2013年8月JIAマガジンに槇文彦氏らと国立競技場の巨大な建築物が神宮外苑に造られることに異議を唱えた。 10月11日槇グループは約100人の建築家の賛同を集めて、青年館でシンポジウムを開催した(平凡社から出版)。その後、2014年7月7日建築三会にJSCが説明会を開き、その後7月17日に三会は質問状を提出した。この会で中村は8項目60内容の問題点を指摘し、9月25日の自民党無駄撲滅PTにおいても行った(YOUTUBE)。 2015年6月5日槇グループはキールアーチを中止すべきとの提言を記者会見で発表。7月1日再提言、7月18日工程の余裕を示す。 7月27日安倍首相が白紙撤回。7月30日再開に際し、守るべき項目を提言した。2016年世界7月号で槇、中村、大野の鼎談発表。
  • 木創研の家は、ローコスト広窓ZEHとして、地方の工務店・建材メーカー、設計者の支援をしている。2019年現在13件の実績と木更津市でOFF-GRID住宅を設計・実施検証を行っている。
  • 2028年からインドのAffordable HousingやモンゴルのGER地区計画に参加してOFFGRIDの必要性を痛感した。
  • 日本でも浦和御園で再エネ融通の方法に触れて大きなGRIDだけでなく。小さな発電クラスターの重要性を認識した。
  • ZEB建築やZEH住宅の太陽光発電をVPPとして融通し合い、OFFGRID分散型発電クラスターへの方向を検討し始めた。
  • OFFGRIDのZEB建築ではCLT木材を利用したZEBオフィスを熊谷で設計し、エネルギー融通の実証をし、2021年には尼崎でAtomsWorld新社屋でZEB・OFFGRIDオフィスを実現した。
  • 2018年よりインドのHousing for All政策に共鳴して、バンガロー市、ジョドプール市などでPassive 手法を利用したローコストのAffordable Housingを提案。
  • 2018年よりADBアジア開発銀行省エネコンサルタントとして、モンゴルウランバートルのゲル地区再開発を提案。

受賞歴

著書

外部リンク

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