中村建城 From Wikipedia, the free encyclopedia 中村 建城(なかむら たてき、1904年3月11日 - 1975年10月6日)は、日本の大蔵官僚、銀行家。日本不動産銀行頭取を務めた。和歌山県出身[1]。 経歴 父親が領事を務めていた都合で、中国の福建省で生まれる[2]。1925年に高文行政科に合格[1]。1926年に東京帝国大学法学部独法科を卒業し、同年に大蔵省に入省し、戦時中に企画院での勤務と海軍司政長官を経て、1945年には主計局長兼外資金庫理事に就任し、1946年に公職追放を受けたことにより、退官[1][2][3]。 1951年に日本開発銀行理事に就任し、1957年11月に国民金融公庫総裁を経て、1961年11月には日本不動産銀行頭取にに就任[1]。1965年10月に相談役を経て、1969年11月には顧問に就任[1]。1966年10月からは新都市開発センター社長を務めた[1]。 1974年4月に勲一等瑞宝章を受章[1]。 1975年10月6日閉塞性黄疸のために死去[4]。71歳没。 脚注 [脚注の使い方] [1]人事興信所 1975, な151頁. [2]1957年 5月25日 朝日新聞 東京朝刊 p31 [3]1957年 5月25日 読売新聞 夕刊 p2 [4]1975年 10月7日 読売新聞 朝刊 p23 参考文献 人事興信所 編『人事興信録 第28版 下』人事興信所、1975年。 Related Articles