中村清右衛門
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中村 清右衛門(なかむら せいえもん、生没年不詳)は、江戸時代前期の人物。赤穂藩の小納戸役(100石)。
元禄14年(1701年)3月14日、田村邸で切腹した浅野長矩の遺体を田中貞四郎らと共に引き取る。この時、片岡高房が二度斬りされた首と胴体を確認した。中村ら6名は長矩の遺骸を泉岳寺に埋葬した。同年11月3日、大石良雄らと共に前川忠太夫宅に入る。
年老いた母を置いて盟約に加わったが、(老母の世話を頼んでいる人物と思われる)太郎左衛門が自殺を考えていると聞き、半ば脅迫のような形で討ち入りを断念させられた[1]。元禄15年(1702年)12月4日に脱盟を申し出て逐電。 大石宛の口上書[2]が残っている。