中畷古墳
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位置
北緯35度6分49.45秒 東経135度27分53.75秒 / 北緯35.1137361度 東経135.4649306度座標: 北緯35度6分49.45秒 東経135度27分53.75秒 / 北緯35.1137361度 東経135.4649306度
形状
前方後方墳
規模
墳丘長75m
| 中畷古墳 | |
|---|---|
|
墳丘(左に前方部、右に後方部) | |
| 所在地 | 京都府南丹市園部町上木崎町上中畷 |
| 位置 | 北緯35度6分49.45秒 東経135度27分53.75秒 / 北緯35.1137361度 東経135.4649306度座標: 北緯35度6分49.45秒 東経135度27分53.75秒 / 北緯35.1137361度 東経135.4649306度 |
| 形状 | 前方後方墳 |
| 規模 | 墳丘長75m |
| 埋葬施設 | 不明 |
| 出土品 | (伝)直刀・筒形銅器 |
| 築造時期 | 4世紀前半 |
| 史跡 | なし |
| 地図 | |
京都府中部、丹波山地から園部盆地に向かって南東に派生する丘陵の先端部に築造された古墳である[1]。発掘調査は実施されていない。
墳形は前方後方形で、前方部を南東方向に向ける。墳丘長は75メートルを測る[2][3][4]。埋葬施設は明らかでないが、かつて直刀や筒形銅器が出土したと伝わる[1]。
築造時期は、古墳時代前期の4世紀前半頃と推定される[3]。園部盆地では黒田古墳(南丹市園部町黒田・船阪)に後続し、垣内古墳(南丹市園部町内林町)に先行する首長墓に位置づけられる。これら3基は面積の広い亀岡盆地ではなく園部盆地に築造されており、当地に築造された背景として、前期に巨大前方後円墳が営まれた丹後半島と畿内ヤマト王権との交通上の要衝である点が指摘される[2]。
| 古墳名 | 形状 | 規模 | 築造時期 | 史跡 |
|---|---|---|---|---|
| 黒田古墳 | 前方後円墳 | 52m | 3c前半-中葉 | 京都府指定史跡 |
| 中畷古墳 | 前方後方墳 | 75m | 4c前半 | なし |
| 垣内古墳 | 前方後円墳 | 82m | 4c後半 | (消滅) |

