中里村 (茨城県) From Wikipedia, the free encyclopedia 廃止日 1955年2月15日廃止理由 編入合併多賀町、日高村、久慈町、坂本村、東小沢村、中里村 → 日立市現在の自治体 日立市国 日本なかさとむら中里村廃止日 1955年2月15日廃止理由 編入合併多賀町、日高村、久慈町、坂本村、東小沢村、中里村 → 日立市現在の自治体 日立市廃止時点のデータ国 日本地方 関東地方都道府県 茨城県郡 久慈郡市町村コード なし(導入前に廃止)隣接自治体 河内村、染和田村、賀美村多賀郡十王村、日立市中里村役場所在地 茨城県久慈郡中里村大字下深荻座標 北緯36度38分00秒 東経140度32分44秒 / 北緯36.63339度 東経140.54556度 / 36.63339; 140.54556 (中里村)座標: 北緯36度38分00秒 東経140度32分44秒 / 北緯36.63339度 東経140.54556度 / 36.63339; 140.54556 (中里村)ウィキプロジェクトテンプレートを表示 中里村(なかさとむら)は茨城県久慈郡にかつて存在した村である。 村域は現在の日立市の最西部にあたり、多賀山地の一部でほとんど山がちな地形になっている。村域中央には里川が南北に流れ、東にある日立市の中心市街地との間は高鈴山などの山で隔てられている。 昭和の大合併では、里川の上流側・下流側の各村々がそれぞれ水府村・里美村・常陸太田市など久慈郡同士で合併したのに対し、中里村は県道日立山方線・本山トンネルを介して日立市側と交流があり、日立鉱山や日立製作所に勤務する労働者の住宅なども建っていたことなどから、日立市への合併を決めた。 歴史 村名は里川が中央に流れるため、中里村となった。 村域の変遷 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、下深荻村・中深荻村・入四間村・東河内村が合併し久慈郡中里村が発足。 1955年(昭和30年)2月15日 - 久慈町・坂本村・東小沢村、多賀郡多賀町・日高村ととも日立市に編入され、消滅。 変遷表 1868年以前 明治22年4月1日 昭和30年2月15日 現在 下深荻村 中里村 日立市に編入 日立市 中深荻 入四間村 東河内村 大字 下深荻(しもふかおぎ) 中深荻(なかふかおぎ) 入四間(いりしけん) 東河内(ひがしごうど) 人口・世帯 人口 総数 [単位: 人] 1891年(明治24年) 2,484 1920年(大正 9年) 3,130 1935年(昭和10年) 3,159 1950年(昭和25年) 4,856 1954年(昭和29年) 4,723 この節の加筆が望まれています。 世帯 総数 [単位: 世帯] 1920年(大正 9年) 693 1935年(昭和10年) 628 1950年(昭和25年) 918 1954年(昭和29年) 1,019 この節の加筆が望まれています。 参考文献 日立市史編さん委員会編『日立市史』、日立市、1959年 日立市史編さん委員会編『新修日立市史』、日立市、1994年 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典 8 茨城県』、角川書店、1983年 ISBN 4040010809 関連項目 茨城県の廃止市町村一覧 中里村 (曖昧さ回避) この項目は、日本の市区町村に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本の都道府県/PJ:日本の市町村)。表示編集 Related Articles