丸の内TOEI
東京都中央区に所在の東映直営の映画館、東映の本社ビル(1960-2025)
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丸の内TOEI(まるのうちとうえい)は、東京都中央区で東映が所有していた映画館。
| 丸の内TOEI Marunouchi Toei | |
|---|---|
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| 情報 | |
| 正式名称 | 丸の内TOEI(1)・(2) |
| 旧名称 |
(1):丸の内東映 (2):丸の内東映パラス→丸の内シャンゼリゼ |
| 完成 | 1960年9月19日 |
| 開館 | 1960年9月20日 |
| 開館公演 |
『海賊八幡船』 (監督沢島忠、主演大川橋蔵 (2代目)) |
| 閉館 | 2025年7月27日 |
| 最終公演 |
丸の内TOEI(1)『動乱 第1部 海峡を渡る愛 / 第2部 雪降り止まず』 丸の内TOEI(2)『ONE PIECE FILM RED』[1] |
| 収容人員 | (2館合計)871人 |
| 設備 | ドルビーデジタルサラウンドEX、DLP |
| 用途 | 映画上映 |
| 運営 | 東映株式会社 |
| 所在地 |
〒104-8108 東京都中央区銀座3-2-17 |
| 位置 | 北緯35度40分24.3秒 東経139度45分53.4秒 |
| アクセス |
JR有楽町駅から徒歩約5分 東京メトロ銀座駅C6出口から徒歩約3分 |
| 外部リンク | 丸の内 TOEI |
| 特記事項 |
略歴 1960年:開業 1989年:丸の内東映パラスを「丸の内シャンゼリゼ」に改称 2004年:「丸の内TOEI①・②」に統一 2025年:閉館 |
概要
東映の現本社(東映会館)が竣工した1960年9月20日[2]に丸の内東映、丸の内東映パラス(洋画封切館、1989年に丸の内シャンゼリゼへと改称)として開館。2004年10月に現在の館名に改称。2スクリーンを備えていた。
東映会館が開館してから60年以上経ち、老朽化していることから2025年夏頃を目処に再開発を開始、これに伴い同年7月27日に丸の内TOEI(1)で上映された『動乱 第1部 海峡を渡る愛 / 第2部 雪降り止まず』と、丸の内TOEI(2)で上映された『ONE PIECE FILM RED』をもって本劇場を閉館した[3][4][1]。
本劇場の閉館により東映は、2022年12月4日をもって閉館した渋谷TOEIとともに同社直営の映画館が消滅した。それに伴い、本劇場の運営を担っていた同社部署の「映画興行部」を2025年8月1日付で廃止し、同日以降の映画興行については同社子会社のティ・ジョイ(現:東映ジョイ・エンタテインメント。新宿バルト9、T・ジョイ横浜など[5])に引き継がれた[6]。
また、本劇場が入居していた東映会館内の東映の本社機能は同年7月22日に中央区京橋2丁目の京橋エドグランに移転した。その一方で東映会館の跡地は、東映グループ中長期VISION「TOEI NEW WAVE 2033」内のプロジェクト施策の1つとして、ホテル・店舗を中心とした商業施設に転換する再開発のための解体・建設工事を実施し、2029年頃にかけて完成予定となっている[7][8]。なお、映画館の新設も検討されたが、立地条件などから見送られている[9][10]。
各館の特徴

丸の内TOEI①
定員511人。東映本体の大作作品が主に上映されていた。東映系チェーンのチェーンマスター。
丸の内TOEI②
定員360人。東映系のチェーンマスターの一つであり、東映ビデオ、ティ・ジョイといった東映グループにおける中小配給部門の作品や、ムーブオーバーの作品も上映した。元々は丸の内東映パラスとして欧米のドキュメンタリーを含めたエロ・グロ作品を中心とする展開であったが、1972年に東映洋画が設立されると洋画系のチェーンマスターになった。その後1989年3月11日に「丸の内シャンゼリゼ」へと名称を変更し上映作品の路線を変更、以降はミニシアター的な洋画が中心で末期には邦画作品も上映していた時期があった。また渋谷東急チェーンの映画作品も上映していた。
システム
備考
1960年代から1970年代の新聞広告では、本館の説明に「西銀座フードセンター前東映会館内」と書かれていた[12]。
