丸山金治

From Wikipedia, the free encyclopedia

丸山 金治(まるやま きんじ、1915年10月26日 - 1948年2月16日)は、日本小説家編集者兵庫県出身。

神戸市葺合区熊内町生まれ。駒澤大学中退。明治大学文芸科に入り、里見弴の指導を受ける。中山義秀の紹介により創元社に入社。のち改造社に転職。結核を患い、1943年頃から悪化。病床で執筆を行った。没後、1949年に短編小説集「四人の踊リ子」が刊行された[1][2]

  • 父親の厳命により駒澤大学に入学したが、文学志望が止まらず1年で退学。明治大学文芸科に入り直す。
  • 妹と朋輩であった宝塚歌劇の踊り子と結婚し、そこから「四人の踊り子」を書いた[3]
  • 作風は繊細で清潔であると言われる[4]
  • 肺結核が1943年頃から悪化。過労と不養生のため命を落とす。

著作

出典

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI