久保貴裕
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引退後
宇治市立宇治中学校から京都成章高等学校に進学。倉義和とのバッテリーで高校3年生時の1992年夏には初戦の京都府大会・木津高戦でノーヒットノーランを達成、4回戦は延長14回を完投勝利したが準々決勝で敗れ、甲子園大会出場はならなかった[1]。1学年下に大家友和がいた。
全国大会未経験ながら各球団が注目したが、同年のドラフト2位で希望を表明していた福岡ダイエーホークスに入団。
1993年~1998年まで6年間在籍するものの、一軍出場なしに終わる。
引退後もダイエーに残って打撃投手を務めていたが、その後は三軍用具担当兼三軍スタッフとなった。
2016年から二軍用具担当兼二軍スタッフとなった。
2017年から二軍マネージャーとなった。