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久国寺

名古屋市北区の曹洞宗寺院 From Wikipedia, the free encyclopedia

久国寺(きゅうこくじ)は、愛知県名古屋市北区大杉三丁目にある曹洞宗の寺院。山号は天長山。岡本太郎作の梵鐘「歓喜の鐘」があることで知られる。

所在地 愛知県名古屋市北区大杉三丁目2番27号
位置 北緯35度11分21.6秒 東経136度54分57.5秒
山号 天長山
宗旨 曹洞宗
概要 久国寺, 所在地 ...
久国寺
所在地 愛知県名古屋市北区大杉三丁目2番27号
位置 北緯35度11分21.6秒 東経136度54分57.5秒
山号 天長山
宗旨 曹洞宗
本尊 聖観世音菩薩
創建年 慶長年間(1596年 - 1615年)
開基 長国守養
札所等 大名古屋十二支 恵当寺 子年本尊札所
尾張第三十三観音29番
東海百観音29番
名古屋百観音 94番
法人番号 3180005001493 ウィキデータを編集
久国寺の位置(愛知県内)
久国寺
久国寺の位置(名古屋市内)
久国寺
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歴史

近世

慶長年間(1596年 - 1615年)に、松平家の菩提寺である法蔵寺から徳川家康の守護仏を貰い受けた長国守養が楠山久国寺を創建。寛文3年(1662年)には安祥長盛和尚が現在地に移設し、これをもって名古屋城の鬼門除けとした。山号の天長山とはこの時、本丸の天長峰の名を借り改めたものである。

近代

学制が発布された1872年(明治5年)、久国寺に杉村仮義校(後の名古屋市立清水小学校、現在の名古屋市立杉村小学校)が設立された[1]。1908年(明治41年)には久国寺に、清水学校初代校長の井手玉雄の顕彰碑が建立された[1]。

太平洋戦争末期の1945年(昭和20年)3月、名古屋大空襲によって諸堂が大きな被害を受けた[2]。

現代

1949年(昭和24年)4月には久国保育園を開園させ、1952年(昭和27年)4月には久国幼稚園を開園させた[3]。1965年(昭和40年)10月24日、岡本太郎作の梵鐘「歓喜の鐘」(「歓喜」)の慶賛法要を執り行った[4]。鋳造は三重県桑名市の中川正知(中川鋳造所)が担っている[5]。

1973年(昭和48年)7月15日、千種区の平和公園に墓地が移転し、慈孝苑開眼式が行われた[3]。1985年(昭和60年)4月14日、鉄筋コンクリート造の新本堂の落慶法要を執り行った[6]。

境内

境内には「歓喜の鐘」のほか、太平洋戦争の戦没者を慰霊するために建立された浅野祥雲作の護国観音像がある[7]。

歓喜の鐘

歓喜の鐘

境内の一角には、芸術家の岡本太郎が1965年(昭和40年)に製作した梵鐘「歓喜の鐘」が設置されている。これは当時、住職が知人から岡本太郎を紹介してもらい製作を依頼したものである[8][注釈 1]。なお、この梵鐘には小型の試作品が5体製作されており、うち1体は岡本太郎記念館に設置されている。また、親交のあった石原慎太郎にも1体贈られている[10]。

霊場

霊場としては、尾張第三十三観音第29番札所、東海百観音第29番札所、名古屋百観音第94番札所となっている。1955年(昭和30年)頃に名古屋市観光協会の後援を受け、大名古屋十二支の恵当寺として子年の護り本尊である観世音菩薩の霊場になった。

交通アクセス

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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