久国寺
名古屋市北区の曹洞宗寺院
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歴史
近世
慶長年間(1596年 - 1615年)に、松平家の菩提寺である法蔵寺から徳川家康の守護仏を貰い受けた長国守養が楠山久国寺を創建。寛文3年(1662年)には安祥長盛和尚が現在地に移設し、これをもって名古屋城の鬼門除けとした。山号の天長山とはこの時、本丸の天長峰の名を借り改めたものである。
近代
学制が発布された1872年(明治5年)、久国寺に杉村仮義校(後の名古屋市立清水小学校、現在の名古屋市立杉村小学校)が設立された[1]。1908年(明治41年)には久国寺に、清水学校初代校長の井手玉雄の顕彰碑が建立された[1]。
現代
1949年(昭和24年)4月には久国保育園を開園させ、1952年(昭和27年)4月には久国幼稚園を開園させた[3]。1965年(昭和40年)10月24日、岡本太郎作の梵鐘「歓喜の鐘」(「歓喜」)の慶賛法要を執り行った[4]。鋳造は三重県桑名市の中川正知(中川鋳造所)が担っている[5]。
1973年(昭和48年)7月15日、千種区の平和公園に墓地が移転し、慈孝苑開眼式が行われた[3]。1985年(昭和60年)4月14日、鉄筋コンクリート造の新本堂の落慶法要を執り行った[6]。
