久松静児
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旧制常総学院中学卒業[1]後、河合映画製作社に入社、新興キネマに移籍し、1934年(昭和9年)「暁の合唱」で監督に昇進する。新興東京時代の作品に参加したスタッフに当時美術だった新藤兼人、後に長くコンビを組むことになる音楽の斎藤一郎がいる。戦時~戦後にかけて 大映で活躍し、「安宅家の人々」で自己のスタイルを確立。のちフリーとなり、新東宝「女の暦」は日本公開の翌年にカンヌ国際映画祭で上映され、後にヨーロッパでロードショー公開された[2]。その後、森繁久彌主演の「警察日記」が大ヒット作となり、森繁久彌、伴淳三郎、フランキー堺が主演の喜劇映画「駅前シリーズ」では2〜6作目を担当するなど、東京映画(東宝系)で手堅い作品を残す。「女の暦」「月夜の傘」「早乙女家の娘たち」など田中絹代、香川京子と組んだ、家族、女性映画の秀作も多い。1956年(昭和31年)、芸能選奨受賞。
