島津朝子
日本の元皇族
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略歴
1927年(昭和2年)10月23日、久邇宮朝融王と同妃知子女王の第2王女子として誕生。御七夜の10月29日に「朝子」と命名された。1947年(昭和22年)10月14日、皇室典範第11条1項により、皇籍離脱。皇籍離脱後は、「久邇 朝子(くに あさこ)」と名乗った。皇籍離脱直後の10月29日に島津忠弘家の元男爵で父宮の従弟の島津斉視と結婚し、「島津 朝子(しまづ あさこ)」となる。
結婚後、夫同士が友人であった税所百合子と[2]ネクタイのハンドメイドと販売を始めた [3]。このネクタイ販売をきっかけに東京都民銀行の工藤昭四郎と知り合い、広告会社設立の提言を受けることとなった[3]。1955年(昭和30年)、税所百合子とともに広告会社の日放(現在のTBWA\HAKUHODO)を設立した[4]。
栄典
- 1940年(昭和15年)8月15日 - 紀元二千六百年祝典記念章[5]