九品院

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所在地 愛知県岡崎市鴨田町字山畔9番地
位置 北緯34度58分57.0324秒 東経137度10分29.6436秒 / 北緯34.982509000度 東経137.174901000度 / 34.982509000; 137.174901000 (荒井山九品院)座標: 北緯34度58分57.0324秒 東経137度10分29.6436秒 / 北緯34.982509000度 東経137.174901000度 / 34.982509000; 137.174901000 (荒井山九品院)
山号 清浄山
宗派 浄土宗鎮西義
荒井山九品院
所在地 愛知県岡崎市鴨田町字山畔9番地
位置 北緯34度58分57.0324秒 東経137度10分29.6436秒 / 北緯34.982509000度 東経137.174901000度 / 34.982509000; 137.174901000 (荒井山九品院)座標: 北緯34度58分57.0324秒 東経137度10分29.6436秒 / 北緯34.982509000度 東経137.174901000度 / 34.982509000; 137.174901000 (荒井山九品院)
山号 清浄山
宗派 浄土宗鎮西義
本尊 阿弥陀如来千手観世音菩薩
創建年 文政11年(1828年
開基 徳住上人
正式名 清浄山極楽寺九品院
別称 荒井山
札所等 法然上人三河二十五霊場二十四番札所
三河三十三観音霊場番外札所
三河新四国八十八ヶ所霊場二十三・二十四番札所
岡崎三十六地蔵第二十二番札所
公式サイト 清浄山 極楽寺 九品院
法人番号 5180305000094
荒井山九品院の位置(愛知県内)
荒井山九品院
荒井山九品院
荒井山九品院 (愛知県)
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九品院(くほんいん)は、愛知県岡崎市鴨田町字山畔9番地に所在する浄土宗鎮西義の寺院。山号は清浄山(しょうじょうざん)、正式名称は清浄山極楽寺九品院。通称荒井山(あらいやま)。

清浄山極楽寺九品院は[1]大樹寺山林だった荒井山に[2]徳本行者の高弟・徳住上人が、捨世念仏道場として文政11年(1828年)に開創した。現代に至るまで修行道場としての伝統を継承して僧侶育成を行っている[3][4]。通称は旧地名から荒井山[1][3]

歴史

創建から幕末まで

  • 文政3年(1820年) - 徳本の弟子・徳住が、大樹寺42世・隆也から、大樹寺の山林だった荒井山の地に常念仏道場の建立を請われる。徳住は岩窟で千日間の荒行(単信口称十万遍・日礼三千)を行い、工事の無事を祈願[3][2][3][4]
  • 文政11年(1828年) - 信者の労役により庫裏(初代本堂)を建立し開山。徳住は肉食妻帯無用の戒律を定め、常念仏道場としての基盤を確立[5]
  • 天保10年(1839年)- 新本堂が建立。本尊の阿弥陀如来坐像(伝・行基作)を安置[6]
  • 嘉永7年(1854年) - 4世・求道上人が善光寺堂を増築し、戒壇めぐり(地下回廊)を整備[5][3]

近代以降

伽藍と文化財

善光寺堂

主要建造物

宝物

冠木門
主要宝物
名称種別備考
木造阿弥陀如来坐像彫刻伝・行基
徳本行者伝』写本書跡全57巻、明治期書写
徳住筆名号碑石造物
北向地蔵菩薩像彫刻岡崎三十六地蔵第22番札所

宗教活動

修行の特徴

主な行事

伝説・逸話

幽霊の片袖事件

嘉永5年(1852年)、若くして亡くなった常蔵という男性の幽霊が、成仏できないと訴えて兄嫁の枕元に現れ、着物の片袖を証拠に遺した。後に両親が蔵を調べると、遺品の着物から同様の袖が切り取られていた。九品院で7日間の籠山念仏を行った後、全身金色の常蔵が礼に現れたと伝わる[8]

札所情報

藤棚

アクセス

その他

  • 御朱印あり(要事前連絡)[7]
  • 境内一帯(13,290㎡)が岡崎市から「ふるさとの森」に指定されている[11]

脚注

関連項目

外部リンク

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