九天応元雷声普化天尊
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九天応元雷声普化天尊は、略称を雷祖天尊とする。中国の民間信仰および道教において崇められる神仙である。天尊の出自については、複数の異なる説が伝わっており、一つは黄帝の化身、もう一つは南極長生大帝の化身というものである。
雷部の最高天神として、複雑な雷神組織を統括しており、本部は神霄玉清府に置かれ、その下に三省九司、三十六内院中司、東西华台、玄館妙閣、四府六院および諸各司を置き、それぞれに部署が分かれている。九天雷公将軍、八方雲雷将軍、五方蛮雷使者、雷部总兵使者はいずれも九天応元雷声普化天尊の配下であり、諸司には三十六体の雷公がいて、天に代わって雷を鳴らし、すべて九天応元雷声普化天尊の号令に従う。
雷霆とは、陰陽の枢要な働きであり、万物に号令をかける根本である。ゆえに雷霆がなければ、三界を統御することはできない。このように雷とは、類を生み出すものであり、万類を生み出し、群品を興らせるものである。元始の生殺の働きそのものである。宇宙の始まりは、陰陽が交わり、一瞬にして爆発したことによるものであり、これこそが雷霆の働きである。したがって、どこにでも雷霆の顕現が見られるのである。
九天応元雷声普化天尊は、生殺枯栄、善悪の賞罰、雲を行わせ雨を降らせ、妖邪を斬り伏魔し、雷霆に号令をかけることを主宰する。上には天心大道に輝き、下には幽冥の衆苦を救済する。
人間の生死吉凶禍福をすべてコントロールし、三清以外をすべて支配下に置くとされる。
歴代の変遷
先秦時代の『山海経』巻十四にはこう記されている。「東海の中に流波山があり、海に入って七千里のところにある。山の上に獣がいて、姿は牛のようで、青い体で角がなく、足が一本ある。水から出入りすると必ず風雨がおこり、その光は日月のようで、その声は雷のようで、名を夔という。黄帝はこれを得て、その皮をもって鼓をつくり、雷獣の骨でたたくと、その声は五百里に聞こえ、天下を服属させた」。郭璞の注釈には「雷獣とは、すなわち雷神のことである。人の面で竜の身で、腹をたたくものである。橛とはたたくの意である」とある。
漢代の『緯書集成・河図始開図』には「黄帝の名は軒轅で、北斗の神であり、雷の精をもって興った」と記され、『緯書集成・春秋合誠図』には「軒轅星は、雷雨の神を主宰する」とある。
三国魏晋時代の『三五歴記』には三五歴記』には「黄帝の時代、風は枝葉を鳴らさず、雨は土塊を砕かなかった」と記述されている。
隋唐時代の『太上老君説常清浄経注』には、こうもある。「また、金闕帝君であるともいう。その名号に応じて、あるいは太上が分身変化したもので、名号は異なる。『上清経』に云う、後聖金闕玄元黄帝老君とは、太上のことである。また『尹氏玄中記』に曰く、太上老君は常に紫微宮に住まい、あるいは天皇大帝と号し、あるいは太一救苦天尊と曰く、あるいは金闕聖君と号する。ゆえに太上はその地に応じて教化を施し、応じる名号は無限であることがわかる」。
北宋の時、宋真宗は宋聖祖を黄帝であると称し、尊号を「聖祖上霊高道九天司命保生天尊大帝」とし、人皇九人の一人であると定めた。その容貌と装束は元始天尊と同じであり、二度目に下凡して軒轅黄帝として化生し、少典の妻が雷電を感応して懐妊し生んだものである。
道家の経典『道法会元』巻八十二『雷霆三帥心録』には黄帝についてこう記されている。「黄帝は有熊氏で、姓は公孫、名は軒轅、母は附宝という。電光が北斗の枢をめぐるのを感応して生まれた……軒轅は紫微煙都帝君であり、これはまた雷霆を主宰し裁決する祖帝である」。黄帝を雷霆の祖帝とするこの考え方は、歴史と神話を融合させたものであり、中国古代の雷神信仰を充実させるとともに、後の雷法における神を召喚し将を遣わす術に理論的な支持を与えた。
『無上九霄玉清大梵紫微玄都雷霆玉経』には、浮黎元始天尊の九男である南極長生大帝が、化身して雷声普化天尊となり、専ら九霄三十六天を統治し、雷霆の政を執り行うと記載されている。
雷祖は神霄玉府に住まい、碧霄の梵気の中にあり、雷城まで二千三百里の距離がある。雷城は天庭が雷を鳴らす場所で、高さ八十一丈あり、左に玉枢五雷使院があり、右に玉府五雷使院がある。天尊の前には雷鼓が三十六面あり、三十六神がこれを司る。雷を鳴らす時には、雷祖が雷鼓を一度たたくと、即座に雷公雷師が起ち上がって雷声を発する。
『明史』の『礼志』には「雷声普化天尊とは、道家が五雷を総じて司る神とする。また六月二十四日を天尊が現れた日とし、ゆえに毎年この日に役人を遣わして顕霊宮に祭りをささげる」とある。
『歴代神仙通鑑』巻四には「(黄帝)封号を九天応元雷声普化真王とする。住まいは神霄玉府で、碧霄の梵気の中にあり、雷城まで二千三百里ある。雷城は高さ八十一丈で、左に玉枢五雷使院、右に玉府五雷使院がある。真王の前には雷鼓が三十六面あり、三十六神がこれを司る。雷を鳴らす時には、真王が自ら本部の雷鼓を一度たたくと、即座に雷公雷師が起ち上がって雷声を発する。雷公とは、雷沢に入って神となったものである。力牧は雷師皓翁として勅封された。三十六雷はいずれも当時の補佐の臣で功労のある者である」と記されている。民間社会では、人々は伝説の黄帝を「九天応元雷声普化天尊」と呼ぶことが多い。
道士が雷法の術を施すには、いずれも神霄玉清府を経なければならず、雷法を修める者は必ず雷祖を祀らなければならない。道教には五雷天心正法の術があり、北宋の著名な道士である林霊素がこの術に長けており、雲を興し雨を降らせ、鬼神を使役し、邪気を払い病気を治すことができたと伝えられている。
司の権力
九霄三十六天を統御し、諸天諸地の一切衆生を司る、雷電の神格化、雷の源。[1]
九天とは、三十六天を総括する総司である。
その始まりは東南の九気より生まれ、正に雷門より出づるため、三十六雷の号令を掌り、諸司府院の印を受け、善を生み悪を誅し、人情に順ずることなし。 蓋し九天と名づけるのは、その陽剛なる気質が泯れることなきを取るものなり。
応元とは、仰せられんは元始祖劫一気より分真し、玉清真王の応元の体なり。
雷とは、陰陽二気が結びて成る。雷霆あるにつき、遂に九天雷祖に隷属せしむ。これを以て五属に剖析し、神霄真王これを用い、三界を宰御す。
真王の住まうところは神霄玉府なり。その道は巽に在り。巽とは、天中の地なり。東南は乃ち九阳の気なり。清朗の光を結び、元始父祖は神霄玉清真王に化す。
玉府は碧霄梵気の中にあり、雷城より二千三百里の距離なり。雷城は高さ八十一丈、左に玉枢五雷使院、右に玉府五雷使院あり。
天には四方四隅あり、九霄に分かつ。ただこの一霄だけが梵気の中に居る。心においては神と曰う、故に神霄と名づける。これは真王が按治するところ、天尊が臨御する都城なり。
卿・師・使・相、各職を列し司を分かち、天の災福を主宰し、万物の権衡を執り、物を掌り人を司り、生を司り殺を司り、検押と啓閉を監し、生成の管鍵を握る。
上は天皇より、下は地帝に至るまで、雷霆なくしてその令を行うことなし。大なれば生死、小なれば枯栄、雷霆なくしてその政を主ることなし。
雷霆の政令に隷属せしむものは、三清上聖は雷霆の祖なり、十極至尊は雷霆の本なり、昊天玉皇上帝は雷霆に号令し、后土皇地祇は雷霆を節制し、北極紫微大帝は五雷を掌握す。
五雷とは、天雷、地雷、水雷、竜雷、社令雷なり。
さらに十雷あり:一を玉枢雷、二を神霄雷、三を大洞雷、四を仙都雷、五を北極雷、六を太乙雷、七を紫府雷、八を玉晨雷、九を太霄雷、十を太极雷という。
さらに三十六雷あり:一を玉枢雷、二を玉府雷、三を玉柱雷、四を上清大洞雷、五を火輪雷、六を灌斗雷、七を風火雷、八を飛捷雷、九を北極雷、十を紫微璇枢雷、十一を神霄雷、十二を仙都雷、十三を太乙轟天雷、十四を紫府雷、十五を鉄甲雷、十六を邵陽雷、十七を欻火雷、十八を社令蛮雷、十九を地祇嗚雷、二十を三界雷、二十一を斬圹雷、二十二を大威雷、二十三を六波雷、二十四を青草雷、二十五を八卦雷、二十六を混元鷹犬雷、二十七を嘯命風雷、二十八を火雲雷、二十九を禹歩大統摂雷、三十を太极雷、三十一を剣火雷、三十二を内鑑雷、三十三を外鎰雷、三十四を神府天枢雷、三十五を大梵斗枢雷、三十六を玉晨雷という。
三十六神曩あり、嘗て太上の御前に陳べし。雷法には七十二階あり、天地の賞善罰悪、万物の発生長育、いずれも雷なり。
縦は陰陽の激剥なれども、亦神人之興動に由る。雷鳴けば雨降る。声とは、天地の仁声なり。
春分より五日、雷乃ち声を発し、百里に聞こえ、九天を震わし九地を動かし、四海を驚かし四溟を翻す。
太上曰く:「われ陰陽の声を発せざれば、われの大音を召すことなし。故に雷霆を以て鼓し、声をもって気を召すなり。」
雷帝の御前に、雷鼓三十六面あり。凡そ雷を行う時には、雷帝親しく本部の雷鼓を一度撃てば、即ち雷公雷神起ち上がり雷声を発す。
普化天尊とは、浮黎元始天尊より九子生まれ、玉清真王が化生して雷声普化天尊となる。天尊は歷劫に応じて化現し、時に応じて号を示す。元始祖劫一気より分真したる本体は、玉清真王なり、九霄の主宰なり。
一月四辰、万天を監視し、三界九州万国を浮游し、善を賞し愆を録す。 これが普化の至大至貴なる所以なり。
文学経典
明時代の章回小説『封神演義』では、殷の末代の王・紂王の朝廷に仕えた太師・聞仲を、九天応元雷声普化天尊であると創作的に設定している。殷商最強の将聞仲は雷部二十四神将を率い、雲を催し雨を降らせ、雷を鳴らし電撃を落とす役割を担っている。