九所御霊天神社
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1573年(天正元年) - 1592年(文禄元年)は五柱を祀っていたが近世になってから主祭神の少彦名命を含めた九柱を祀るようになった。
石造の大鳥居には、1864年(元治元年)4月に御国産江戸積仲間の寄進である事と、旧飾磨市を指す「市別府」が刻まれている。この他、寄進された玉垣には、江戸産物会所、羽州・最上・庄内酒田・奥州・仙台などの東北地方の商人、御国産江戸積仲間で姫路藩大年寄六人衆の山本佐七郎・内海荘右衛門などの名が刻まれており、幕末の姫路の木綿流通などを知る史料となっている。 戦前は落語家桂米朝の実家であり祖父、父が神職であった。米朝自身も禰宜を務めたこともあったという。
- 国道2号沿いにある外側の鳥居。
- 外の鳥居から内の鳥居へ続く参道。
- 内側の鳥居。この鳥居に「御国産江戸積仲間」などが刻まれている。
- 神社の門。
祭神
摂末社
交通
参考文献
- 現地説明板