亀井忠一
日本の実業家 (1856-1936)
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経歴
江戸小石川[1]で旗本・中川家の五男として生まれ、大政奉還後に家族で沼津に移り住み、困窮する父を助けて、落ち葉集めや卵・糠の行商で糊口をしのぐ[2]。16歳で同じ元旗本・亀井家の婿養子となり、明治6年(1873年)に東京に戻る。はじめ麹町13丁目で下駄商を営むが明治14年(1881年)、四谷の大火により店が焼けた後、兄が営む神田の古本屋「石川桃林堂」に倣って神保町に三省堂を創業した[3]。
店が軌道に乗り、兄の店など4軒の古本屋で組合「同盟四書房」を作り、出版事業に乗り出す。辞書類が売れて大成功となり、三省堂単独で教科書出版も始めたが、明治25年の神田の火事をきっかけに古本売買を辞め、出版を専門とする。『日本百科大辞典』でつまづき、大正4年に債権者の共同出資により株式会社化し、図書出版と販売を業とする。
晩年は顧問として一線を退き、業界の元老として重きをなしたが、長い療養ののち死去した。
