了暁

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了暁(りょうぎょう)は、室町時代後期の浄土宗僧侶聖蓮社慶善(しょうれんしゃ けいぜん)と称される[1]

人物・経歴

和泉国出身[2]15世紀後半に活動したとされるが、正確な生没年は不明[1]聖冏白旗派聖聡に師事し、『教相切紙拾遺徹』への加筆や白旗の口伝の整理を通じて教学を継承した[1]文明9年(1477年)までに良肇の後任として下総国弘経寺2世となり[1][1][3]白旗派の教線拡大に尽力し、のちに弟子の酉冏に寺務を譲った[2][3]三河国大運寺(現・大恩寺)の創建者としても知られる[2]

主な活動

思想・業績

徳川家との関係構築

創建した大恩寺松平親忠松平広忠父子の庇護を受け、弟子の愚底大樹寺を開山。後の徳川将軍家浄土宗の結びつきの礎を築いた[5]

中央教団への影響

珠琳知恩院22世)、愚底(同23世)、訓公(同24世)、存牛(同25世)らを輩出し、白旗派応仁の乱後の浄土宗本山再興を主導[3][6]

主な門弟

関連寺院

脚注

関連項目

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