予型論的解釈
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他の訳語
寓喩的解釈との比較
[4]予型論的解釈の類語として寓喩的解釈がある。日本語以外の言語でも別の語彙が当てられ、別の解釈手法として理解されることがある。寓喩(ぐうゆ[5]、英語: Allegory)は、比喩とも訳される(ただし英和辞典においては「寓意」・「物語」・「寓話」といった訳語を掲載し、「比喩」は訳語として挙げていないものもある[6])。
予型論的解釈(および予型)と、寓喩的解釈(および寓喩)との間には、一応、以下のような傾向の違いが指摘される。
- 予型論的解釈(および予型) - 時代の隔たった出来事や人物について比較をすること。事例としてはアダムとキリスト、出エジプトと十字架・復活による救いなど。歴史的性格をもつ。聖書の内的構造にとって基本的なもの。ユダヤ的。
- 寓喩的解釈(および寓喩) - テキストを永遠の真理を表すものと看做す。反歴史的。聖書の中で全く用いられない訳ではないが、本質的なものではない。ギリシア的。
しかしながら、予型論的解釈と比喩的解釈についてのこうした区分は単純化され過ぎたものであり、実際には区分ははっきりしていない。「寓喩もギリシア的土壌だけでなくユダヤ的土壌にも深く根をおろしている[7]」という指摘もなされている。