二瀬川渓流

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京都府福知山市大江町「二瀬川渓流」

二瀬川渓流(ふたせがわけいりゅう)は、京都府福知山市大江町に位置する渓流

二瀬川渓流(二瀬川)は、千丈ヶ嶽を源流とする宮川の一部であり[1]宮津市から大江町への京都府道9号沿いを南下し[2]、やがて中ノ茶屋を流れる堂渕川と合流する[1]。川幅が狭く、流れが急であることから、激しい浸食作用を受け、大小さまざまな奇岩が所せましと積み重なる特徴的な地形を形成している[3]。 両岸には、絶壁によりかかった松や楓などが茂りあい、四季を通じて自然の美を展開する[1]さまは評価が高く、京都府内でも有数の美しさとされている[4]。 また、この近くにごうらと呼ばれる巨石が累々と堆積しているところがあり、この付近が、大江山超塩基性岩地帯と古生層地帯の境界となっている[1]

2007年(平成19年)8月3日に丹後天橋立大江山国定公園の一部として指定された[5]

渓流にはつり橋「新童子橋」がかかり、その周辺には大江山酒呑童子伝説にまつわる遺跡参勤交代古道も残されている[2]。これらの要素から、二瀬川渓流周辺は大江町の中でも主要な観光スポットとなっている。

地質

二瀬川流域の大江山一帯は、かつての海洋地殻を構成していた蛇紋岩カンラン岩が分布しており、この上流には1917年(大正6年)採掘を開始した河守鉱山跡がある[3]及びクロム鉄鉱などを産し、その近くにはモリブデンを産出していた佛性寺鉱山があり、採掘された鉱石は佐賀関へ運ばれ精錬されたが、1973年(昭和48年)閉山した[3]

景観

二瀬川渓谷や鬼ヶ茶屋の裏山に転がる「ごうら」と呼ばれる乗用車よりも大きな岩の塊が、岩の海のように一面に広がっている景観が特徴的である[6]。このような景観は「岩海」として天然記念物に指定されている場所もある[6]。岩塊が堆積したのは、氷河時代のある時期であるとされている[6]

周辺の施設

内宮発電所
1917年(大正6年)12月21日に創業された、二瀬川の流域面積16.3平方メートルを利用して設けられたダム水路式発電所である[1]。規模は、最大出力200キロワット(常時60キロワット)、最大使用水量毎秒0.577立方メートル(常時0.167立方メートル)、年間117万4000キロワット時を発生しており、発生した電気は、橋谷発電所に送電している[1]
千丈ヶ原ダム
1917年(大正6年)6月6日に完成された、仏性寺発電所のダムである[1]導水路は二瀬川の右岸山腹を廻って鬼ヶ茶屋の上まで続いていた[1]。ダム完成と同時に発電を開始したが、発生した電気は加悦峠を通り加悦谷の機業地へ送電された[1]。1921年(大正10年)9月25日午前3時20分に豪雨の影響でダムは決壊した[1]。決壊したダムは復旧がなされ、この発電所は1948年(昭和23年)頃まで操業を続けた[1]

周辺の自然

千丈ヶ滝
千丈ヶ原ダムの下流にあるである[1]。千丈ヶ原から急傾斜の岩肌を屈曲して数10メートルを流れ下るもので、水量の多い時期の滝は勇壮そのものである[1]。この滝はかんらん岩と呼ばれる岩石で構成されており、この岩石は大江山連峰の大部分を構成している[1]
岩戸の渓谷
内宮発電所ダムの下流にある岩戸の渓谷である[1]。20メートル以上にも及ぶ断崖絶壁が両岸にそそり立って、その底を渓流が走っている[1]。この渓流にのぞむ岩上に天岩戸神社が鎮座している[1]

川の呼び名

二瀬川渓流(二瀬川)とは、宮川の上流にある大江町仏性寺で呼ばれている名称であり、大江町内宮では上杉川、大江町二俣では二俣川、大江町天田内では船岡川、大江町河守金屋では宮川と呼ばれている[1]

二瀬川渓流周辺の観光スポット

アクセス

公共交通機関

脚注

参考文献

外部リンク

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