五十嵐道甫 From Wikipedia, the free encyclopedia 五十嵐 道甫(いがらし どうほ、? - 1678年7月14日(延宝6年5月26日))は、江戸時代初期の五十嵐派の蒔絵師。五十嵐信斎の孫。 寛永年間(1624~1644年)ごろ加賀藩主前田利常の招きで金沢に行き、以降、寛文元年(1661年)まで京都と金沢を往復[1]。蒔絵御用として加賀蒔絵の基礎を築く。[2] 後年、京都に帰り、延宝6年(1678年)に亡くなった。 道甫の子、喜三郎は父と同じく前田家に招かれ、その後代々同地で前田家に仕え[2]、五十嵐派と呼ばれる技法を金沢に定着させ、父と同じく加賀蒔絵の創成期を担った。 作品 道甫作と言われる作品は多いものの、子の二代道甫喜三郎の作品と区別して特定することは難しい。従って、道甫の作品も「五十嵐道甫伝」として紹介されることが多い[1]。 秋野蒔絵硯箱[3] - 伝五十嵐道甫、石川県立美術館蔵 脇息図十二律箱[1] - 同上 脚注 出典 1 2 3 『愛蔵版 ふるさと偉人伝』北國新聞社、2010年8月30日、312頁。ISBN 9784833017626。 1 2 横井時冬. ↑ 上田正昭、津田秀夫、永原慶二、藤井松一、藤原彰、『コンサイス日本人名辞典 第5版』、株式会社三省堂、2009年 80頁。 参考文献 横井時冬『工芸鏡. 二』六合館、1894年。 関連項目 五十嵐派 前田利常 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。表示編集 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。表示編集 Related Articles