五鬼助義之

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五鬼助 義之(ごきじょ よしゆき、1943年 - )は、日本の僧侶。前鬼・後鬼の子の一人[注釈 1]五鬼助の遠い子孫にあたる。

2025年現在、小仲坊おなかぼう61代住職。

背景

奈良県吉野郡下北山村前鬼は、役小角の「大峯行者の修行を助けよ」という遺言に従い、前鬼・後鬼が住み着いた場所である[2]

前鬼・後鬼はこの地で5人の子を儲け、彼らは宿坊を営み、畑を耕して修験者に食料を提供するなどして修験者を支援した[3]。すなわち

  • 五鬼童ごきどう - 行者坊
  • 五鬼熊ごきくま - 不動坊
  • 五鬼継ごきつぐ - 中之坊
  • 五鬼助ごきじょ - 小仲坊
  • 五鬼上ごきじょう - 森本坊

である[4][5][注釈 2]

明治初年にはこれら五つの宿坊は残っていたが、1872年の修験道廃止令をきっかけに[6]修験者は激減、昭和40年代には小仲坊のみとなる[7]

最後に残った小仲坊も1984年に義之の叔父・義价よしとしの死後は無住になる。それでも親族が協力し、大峯奥駈おおみねおくがけのシーズンのみ小仲坊を開けていた[2]

経歴

1943年、下北山村前鬼に生まれる。小学校に通うために親元を離れ、村内の親戚のもとで暮らす[3]

高校時代から京都に暮らす[3]。京都の大学に入学。在学中に得度を受け僧侶となる[8]

1997年、61代当主として小仲坊を継ぐ。寝屋川市で会社員として働きつつ土日と連休に開けている[2][注釈 3]

1999年9月現在の肩書は宿泊所の管理人[9]

2003年、会社を定年退職。大阪で暮らしながら小仲坊に通う生活は続ける[8]

2006年8月現在の肩書は小仲坊住職[10]

2007年1924年に大阪仏立会が寄贈した釈迦像[注釈 4]修復に取り組み、修復費用の募金を募った[11]

人物

  • 一般に鬼というと、恐ろしい存在・悪者というイメージがあるが、本人はそうは思っていない。一説によると、鬼と書いて「かみ」と読むこともある(本人による)。鬼とは、もともとは山の民。吉野の人にとって信仰の対象である山に住んでいた鬼は、天上界と地上界を結ぶキューピッドの役目をしていたのではないかと、考えている。鬼の子孫であること・五鬼助という名前にも誇りを持ってる[8]
  • 毎日新聞の取材に対し、鬼とは自然を守る山の民で、代々修験者を助けることで山・自然を守ってきたとコメントしたことがある[3]

家族

  • 長男・義峰は1999年3月、京都工芸繊維大学を卒業、メーカーに就職するが、住職の資格も取得しており跡を継ぐと表明している[2]
  • 2018年現在、妻・三津子と共同で小仲坊を開く[4]

脚注

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