井上晴丸

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井上 晴丸(いのうえ はるまる、1908年10月7日 - 1973年10月5日)は、日本の農業経済学者。

山口県出身で税関長などを務めた井上徳太郎の二男として兵庫県神戸市中山手通二丁目の税関官舎で生まれる[1][2]

五高を経て、1934年東京帝国大学農学部農業経済学科卒、農林省に入る。立田信夫の筆名で講座派マルクス主義の立場から協同組合論などを展開。1938年に中華民国出張、39年から興亜院技師、43年に帰国、農林省米穀利用研究所技師。戦後の1946年農政局経営課長となり農地改革を進めるが49年レッドパージで農林省を追われ、10年間東畑精一会長の農業発達史調査会メンバーとして「日本農業発達史」の編集、執筆に従事。1959年立命館大学教授[3]。同年「日本資本主義の発展と農業及び農政」で立命館大農学博士

親族

兄・照丸の岳父に塚原政次。また、塚原の妻は新渡戸稲造の姪である。

著書

論文

脚注

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