井上雄介
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| 基本情報 | |
|---|---|
| 国籍 |
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| 出身地 | 千葉県茂原市 |
| 生年月日 | 1986年9月5日(39歳) |
| 身長 体重 |
182 cm 85 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2008年 ドラフト4位 |
| 初出場 | 2010年5月9日 |
| 最終出場 | 2012年 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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プロ入り前
千葉経大附属高校では、シニア時代からのチームメイトである松本啓二朗と左右の投手の二枚看板を形成し、打線の中軸を担った。3年夏に甲子園に出場。3回戦ではダルビッシュ有を擁する東北高校を下し、その後ベスト4まで勝ち上がった。
進学した青山学院大学では野手転向を考えていたが、大学側は投手として評価しており、転向せず投手として活躍した[1]。同期に高島毅、久古健太郎がいる。文学部史学科に在籍し、卒業論文のテーマは「承久の乱」だった。東都大学リーグ通算39試合登板、8勝11敗、防御率2.61、159奪三振。
2008年度ドラフト会議で、東北楽天ゴールデンイーグルスに4巡目で指名され、入団。
楽天時代
2009年は、怪我のため二軍での登板もなかった。2010年に一軍初登板を果たす。
楽天退団後
12月8日、マネジメント事務所を通じて、翌年1月末からトライアウトリーグのテキサス・ウィンターリーグに参加し、米国球団との契約を目指すことを発表し[3]、2014年は米独立リーグ・ユナイテッドリーグ・ベースボールのブラウンスビル・チャロスと契約。
現役引退後
現在は高堀和也らとともに加圧ジム「アッティーボジム」のトレーナーをしている[4][5]。また、2016年からは女子野球選手の六角彩子とともに野球スクール「ベースボールわくわく塾」のコーチも務めていた[6]。
選手としての特徴・人物
詳細情報
年度別投手成績
| 年 度 | 球 団 | 登 板 | 先 発 | 完 投 | 完 封 | 無 四 球 | 勝 利 | 敗 戦 | セ 丨 ブ | ホ 丨 ル ド | 勝 率 | 打 者 | 投 球 回 | 被 安 打 | 被 本 塁 打 | 与 四 球 | 敬 遠 | 与 死 球 | 奪 三 振 | 暴 投 | ボ 丨 ク | 失 点 | 自 責 点 | 防 御 率 | W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2010 | 楽天 | 7 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | .500 | 38 | 7.0 | 14 | 4 | 3 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 9 | 9 | 11.57 | 2.43 |
| 2012 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | --- | 17 | 3.2 | 6 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 2 | 0 | 2 | 2 | 4.91 | 1.64 | |
| 通算:2年 | 9 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | .500 | 55 | 10.2 | 20 | 4 | 3 | 0 | 0 | 4 | 2 | 0 | 11 | 11 | 9.28 | 2.16 | |
記録
- 初登板:2010年5月9日、対北海道日本ハムファイターズ8回戦(函館オーシャンスタジアム)、7回裏2死に2番手で救援登板・完了、1回1/3を無失点
- 初勝利:2010年5月14日、対広島東洋カープ2回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、9回裏に5番手で救援登板、1回無失点
- 初奪三振:2010年7月1日、対オリックス・バファローズ12回戦(京セラドーム大阪)、7回裏に大引啓次から空振り三振
背番号
- 49 (2009年 - 2013年)
登場曲
- 『TRUTH』T-SQUARE(2010年 - )
- エレクトリカルパレード(2012年)