彦根城博物館

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正式名称 彦根城博物館[1]
専門分野 歴史博物館
事業主体 彦根市
彦根城博物館
Hikone Castle Museum
彦根城博物館の位置(滋賀県内)
彦根城博物館
滋賀県内の位置
施設情報
正式名称 彦根城博物館[1]
前身 井伊美術館[2]
専門分野 歴史博物館
事業主体 彦根市
管理運営 彦根市教育委員会
開館 1987年(昭和62年)2月12日[3]
所在地 滋賀県彦根市金亀町1番1号
位置 北緯35度16分32.2秒 東経136度15分12.7秒 / 北緯35.275611度 東経136.253528度 / 35.275611; 136.253528座標: 北緯35度16分32.2秒 東経136度15分12.7秒 / 北緯35.275611度 東経136.253528度 / 35.275611; 136.253528
外部リンク 彦根城博物館
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風俗図(彦根屏風)(国宝)

彦根城博物館(ひこねじょうはくぶつかん)は滋賀県彦根市金亀町にある彦根市立の歴史博物館彦根城表御殿を復元した建物の一部を展示空間とした施設である[4][5]

彦根城表御殿について地下遺構を保存しながら、上部に建物を復元した施設である[4]。井伊家伝来の美術工芸品や古文書約4万5千点を中心に、彦根ゆかりの資料を合わせて約9万点を所蔵する[5]

井伊家伝来の武具類である甲冑、刀剣や拵(こしらえ)、弓矢や馬具などを所蔵し、特に「井伊の赤備え」で知られる朱漆塗の甲冑は当館の見どころとなっている[5]。また、15代井伊直忠が収集した約230点の能面と900点を超える能装束と小道具を所蔵[5]。さらに茶壺や茶入れ、茶碗などの茶道具類900点以上を所蔵する[5]。特に珍しい所蔵品としては、12代井伊直亮が収集した雅楽器があり日本屈指のコレクションとなっている[5]。また、国宝「彦根屏風」も直亮の収集した品である[5]。展示品は文化財保護のため1~2か月ごとに入れ替えが行われている[5]

建物は政務が行われていた「表」と呼ばれる部分と藩主の私邸にあたる「奥向き」に合わせて、前者にあたる鉄筋コンクリート造の展示スペースと、後者にあたる木造の復元部分と移築部分(能舞台)で構成されており、BCS賞特別賞を受賞している[4][5]

歴史

彦根市の市政50周年を記念し[6]1987年(昭和62年)2月12日に開館した博物館である[3]

当館の開設に伴って、井伊美術館1986年(昭和61年)11月30日に閉館し[7]、収蔵品を彦根市に寄贈することになった[2]

そのため、当館は開館時点で約2万点の美術品や歴史資料など収蔵・展示する博物館として開館することになった[8]

当館の敷地は江戸時代の彦根藩の政庁で明治時代に取り壊された彦根城の表御殿跡であることから、その遺構の保存と歴史博物館建設を巡る論争があり、1983年(昭和58年)9月から発掘の予備調査が行われた[9]。この予備調査は同年12月に米蔵の石組みなど発掘され[10]、翌年の1984年(昭和59年)に全面的な発掘調査を実施することになった[11]

全面的な発掘調査により彦根城表御殿は古絵図と一致することが遺構として確認され[12]、能舞台遺構でプール状になった共鳴箱を確認するなどの成果を得て同年9月に終了した[13]

こうした調査などを踏まえて、当館の建設の是非が議論され、1984年(昭和59年)11月24日に文化財保護審議会で表御殿跡地への当館建設が承認された[14]

建物は事業費約27億円を投じて[15]、当地に在った彦根城の表御殿を古絵図などから復元したものである[8]。復元設計は建築家の早川正夫による。

また、能舞台岩手県から当地に約110年ぶりに再移築して復元したもので[16]1987年(昭和62年)2月8日の完成式典で能舞台開きが行われた[17]

沿革

  • 1983年昭和58年)
    • 9月 - 「彦根城博表御殿跡」発掘の予備調査を開始[9]
    • 12月 - 「彦根城博表御殿跡」発掘の予備調査を完了[10]
  • 1984年(昭和59年)
    • 1月 - 「彦根城博表御殿跡」の全面的な発掘調査を開始[11]
    • 4月28日 - 彦根市の市制施行50周年記念事業として、「彦根城博物館」計画の概要を発表[6]
    • 6月12日 - 地元経済界や学者などが「彦根城博物館建設後押しすすめる会」を設立[18]
    • 9月 - 「彦根城博表御殿跡」の全面的な発掘調査を完了[13]
    • 11月24日 - 文化財保護審議会が表御殿跡地への建設を承認[14]
  • 1985年(昭和60年)
  • 1986年(昭和61年)
  • 1987年(昭和62年)
  • 1989年平成元年)
    • 7月 - 表御殿発掘記録の報告書を発刊[28]
    • 8月 - 「研究紀要」を発刊[29]
  • 1991年(平成3年)
  • 1996年(平成8年)
    • 4月 - 「侍中由緒帳 第3巻」を発刊[31]
    • 8月 - 「宇津木家」の古文書 調査報告書を発刊[32]
    • 5月31日 - 入館者100万人を達成[33]
    • 6月 - 佐竹永海の「山水人物図」などを購入し、収蔵[34]
  • 1997年(平成9年)
    • 5月 - 彦根藩主の墨絵や書状などを購入し、収蔵[35]
    • 8月 - 「侍中由緒帳 第4巻」を発刊[36]
  • 1998年(平成10年)
    • 8月 - JRAの「馬事文化賞」を受賞[37][注釈 1]
    • 4月 - 「侍中由緒帳 第5巻」を発刊[40]
    • 5月 - 「歌合貼交屏風」の寄贈を受け、収蔵[41]
  • 1999年(平成11年)
    • 5月 - 「侍中由緒帳 第5巻」を発刊[42]
    • 6月 - 佐竹永海の「花卉図」と「富士図」を購入し、収蔵[43][44]
    • 5月 - 江戸期の古文書や武芸史料など356件の寄贈を受け、収蔵[45]
  • 2000年(平成12年)
    • 5月 - 「切支丹御改帳」など彦根藩に関する資料6件を購入し、収蔵[46]
  • 2008年(平成20年)
    • 5月 - 国宝・彦根屏風足軽屋敷など研究成果を集めた報告書を発刊[47][48]
    • 11月 - 井伊14代当主肖像画など彦根藩の資料の寄贈を受け、収蔵[49]
  • 2009年(平成21年)
    • 7月 - 井伊直孝の書状などを購入し、収蔵[50]
    • 11月2日 - 入館者250万人を達成[51]
  • 2010年(平成22年)
  • 2014年(平成26年)
  • 2015年(平成27年)

主な収蔵品

収蔵数は2022年時点で約9万点である[5]

国宝

重要文化財(国指定)

  • 我宿蒔絵硯箱
  • 太刀 銘国宗(二代)
  • 太刀 銘国宗(伯耆)
  • 彦根藩井伊家文書 27,800通

復元

復元するにあたって大きく4つの部分に分けられる。

  1. 御殿の表向部分 - 鉄筋コンクリートの外観復元[6]、展示スペース収蔵スペースとして使用
  2. 木造復元部分 - 藩主の住居や茶室
  3. 庭園復元部分
  4. 移築能舞台部分 - 岩手県から当地に約110年ぶりに再移築して復元[16]
御座之御間から庭園をのぞむ
庭園

庭園

庭園を中心とした池泉庭園という構造で、「御座之御間」という藩主の居間からの眺めを中心に、庭にも散策路が設けられている。この庭園は古い時代の古絵図には記載されていないことから、江戸時代後期に築かれたと想定されている。復元にあたっては、発掘調査を実施し池の規模などは判明したが、庭石は地下部分にもなく、築山も掘削され整地し小山の大きさなどが不明となっていた。そこで、庭園が詳細に描かれている古絵図を中心に、庭石、築山を築き復元しなおしている。ただし、築山の左奥の竹垣にあった茶室「不待庵」と待合の「鴬谷」は復元されていない。

施設情報

彦根城の復元模型/手前が表御殿
表御殿御庭絵図
  • 開館時間
    • 開館時間:8時30分
    • 閉館時間:17時(入館受付時間:16時30分)
  • 休館日
    • 毎年12月25日 - 12月31日
  • 入館料
    • 500円
    • 中学生以下は250円

交通アクセス

参考文献

  • 『彦根城-彦根城博物館-』 彦根城博物館友の会
  • 『木造棟』 彦根城博物館
  • 『木造棟と庭園の復元』 彦根城博物館

関連項目

脚注

外部リンク

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