- 出生から修学期
1898年、奈良県磯城郡平野村(現:田原本町)瑞花院で生まれた。県立畝傍中学校(現:奈良県立畝傍高等学校)、佛教専門学校を経て、京都帝国大学文学部国史科に入学。1923年に卒業した。
- 戦前
卒業後は、華頂高等女学校教諭となり、次いで京都大学嘱託となって近衛家文書調査にあたった。
- 戦後
1945年、大阪府高石市の専称寺住職となった。また、京都西山短期大学講師として教鞭をとった。佛教大学助教授となり、後に教授昇進。1962年、学位論文『法然上人絵伝の研究』を京都大学に提出して文学博士号を取得[2]。1969年に佛教大学を定年退職し、名誉教授となった。