京王閣

東京都調布市にあったレジャー施設 From Wikipedia, the free encyclopedia

京王閣(けいおうかく)は、かつて東京都北多摩郡調布町(現:調布市多摩川)に所在し、京王電気軌道(現・京王電鉄)が経営していたレジャー施設である。1927年(昭和2年)開園、1947年(昭和22年)閉園。跡地には京王閣競輪場が建設された。

1944年に空撮された京王閣の全景。右上に京王多摩川駅がある。
地図・空中写真閲覧サービスより)
「京王電車沿線名所図絵」[1]に描かれた京王閣

歴史

昭和初期の調布から多摩川周辺では養蚕業が盛んであり、線路沿いには一面に畑が広がっていた。多摩川は水質が良く水量も多く、アユコイウナギナマズハヤなどを釣ることができた。当地の対岸(多摩川南岸)の稲田堤の名所として賑わっていた。

調布駅 - 多摩川原駅(たまがわらえき、1937年京王多摩川駅へ改称)間は、1916年大正5年)6月1日に「京王電軌多摩川支線」(現・京王相模原線)として、多摩川の川原で採掘した砂利輸送のため敷設された路線であった。さらに終点である多摩川原駅から多摩川の川原までは、砂利運搬用のトロッコで結んでいた。行楽時期以外はほとんど乗客もなく、普段は砂利を積んだ貨車が行き交っていた。

1927年(昭和2年)6月1日、京王電軌の沿線行楽地開発により、多摩川原駅前に「京王閣」が誕生した。なお、多摩川原遊園の敷地内にあったという説[2]もある。

園内には、総大理石貼りの大浴場(ローマ風呂)、和洋食のメニューが多彩な大食堂やカフェ、ビリヤード場などの各種遊戯施設を完備した鉄筋3階建ての本館が建っていた。屋外には当時はまだ珍しかったメリーゴーラウンド、豆汽車、ウォーターパークなどがあり、レヴューを行う演芸場も備えていた。その規模は東京近郊では最大を誇り、関東宝塚と称されるほどで、まさにレジャー施設のはしりであった。

開園翌年の1928年(昭和3年)には年間入場者数が163,589人となり、東京近郊の遊園地としては多摩川園の261,461人、豊島園の200,166人に次いで第3位となった。

その後、1934年(昭和9年)には、多摩川原駅の隣に日活多摩川撮影所が誕生した。それにより、日活関係者が暮らす住宅街(通称「日活村」も)整備され、調布の多摩川周辺は映画産業の町として「東洋のハリウッド」と呼ばれるようになっていく[3]

しかし戦争の影が色濃くなるにつれて、桑畑は食糧生産のために畑・畑へと変貌を遂げ、避暑花見などで訪れるようなのどかさはすっかり失われた。さらに追い討ちを掛けるように、京王閣の施設はが入隊検査などの業務で使用することが多くなり、次第に客足は遠のいていった。

やがて終戦直後の1947年(昭和22年)、戦時統合により京王電気軌道が東京急行電鉄合併されていた「大東急」時代に京王閣は売却され閉園。跡地には1949年(昭和24年)に京王閣競輪場が開設した。

記念誌・企画展

  • 京王電鉄は、同社のなどで配布される沿線情報誌『あいぼりー[4]』で、2003年(平成15年)に京王の電車・バス開業90周年を記念して『あいぼりー特別号「京王線・井の頭線 むかし物語」総集編』を発行し、その中で京王閣についても取り上げた[5]
  • 調布市郷土博物館は、2011年(平成23年)に京王線開通100周年を記念して、企画展「京王線100年と調布」を開催[6][7]、企画展およびそのパンフレット(2011年8月発行、非売品)[8]でも京王閣について取り上げた。

脚注

関連項目

外部リンク

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