京都市の屋外広告物規制
From Wikipedia, the free encyclopedia

京都市の屋外広告物規制(きょうとしのおくがいこうこくぶつきせい)は、国内でも類を見ない厳しさで知られている[1][2]。京都市独自の屋外広告物規制は1956年(昭和31年)にはじまり、その後も改正が加えられた。2007年(平成19年)の改正では、京都市内における30,000件以上の屋外広告物が撤去・是正された。
京都市の屋外広告物規制はおおむね京都市屋外広告物等に関する条例(屋外広告物条例)にもとづいており、京都市域で屋外広告物を設置する場合、市からの許可を得る必要がある。また、市域は21種の地域地区に分類されており、それぞれについて面積・高さ、あるいは色彩の彩度に関する制限などが加えられている。他に、屋外広告物等特別規制地区に指定された地域においては屋外広告物等景観整備計画にもとづく規制が行われる。
京都市が2015年(平成27年)に行ったアンケート調査では、市民のおよそ7割が京都市の屋外広告物規制を評価した。一方で、2018年(平成30年)に同条例を根拠とする行政指導にもとづき行われた京都大学の立て看板撤去に関して、市の規制が表現の自由に抵触するおそれがあるとの見解も示された。
京都市独自の屋外広告物規制は1956年(昭和31年)にはじまる。高度経済成長期にともなう市内の経済活動活発化がその背景であり、京都市道路占用条例の改正により4月1日より広告塔の新設が禁止されたほか、都市計画課によってネオンサインの淡色化勧告が行われた。また、11月には屋外広告物条例が制定され、全市域を1種から4種に分類し、風致地区などにおいて厳しい規制を設ける法的枠組みが整えられた。しかし、これらの施策によっても効果はあまり上がらなかった[3]。1961年(昭和36年)には、屋外広告物許可基準規則が公布された。これに応じて違反広告物の撤去も厳格なものとなり、基準実施前1年の撤去数が54件であったのに対して、基準実施後1年の撤去数は2,200件にまで増えている。このような規制に対して、京都府広告美術協組・関西ネオン協組京都支部は9月20日に「きびしい規制は近代都市への発展を阻害する」として決起大会を開いた[4]。屋外広告物条例は1997年(平成9年)に改正され、市域区分は4種から5種に増加した[5]。さらに、京都市においては条例とは別に、行政担当者が広告主と談義して広告物の色彩を調整する「京都方式」も実践され、ナショナルチェーンのロゴの色彩なども調整された[6]。
2007年(平成19年)には再び屋外広告物条例が大きく改正され、ビル屋上の看板設置・点滅照明の広告物なども全面禁止された[7]。これに対して、全日本屋外広告業団体連合会は、新景観政策の見直しを求める要望書を市に提出した[7]。同政策は9月より実施され[1][8]、これに応じてポスティングによる周知や是正指導などが行われた[9]。屋外広告物規制のため、京都市は広告行政担当者を12人から5人増員した[10]。これにより、下鴨警察署が交通安全啓発のため高野川に掲示していた鯉のぼり[11]、嵐山の美空ひばり館が掲示していた美空ひばりの大看板などが撤去された[12]。『京都新聞』の報道によれば、2009年(平成21年)までに府広告美術協同組合加盟業者の1割にあたる5社が廃業した[13]。2014年(平成24年)には、屋外広告物条例の経過措置が終了した[14]。2013年(平成25年)には屋外広告物適正化推進室が設置され、翌年には嘱託員110人による市内全域での是正指導が行われた。この結果、市内45,600箇所の屋外広告物のうち7割が基準不適合とみなされ、30,000件以上の屋外広告物が撤去・是正された[9]。
制度と運用
京都市屋外広告物等に関する条例(屋外広告物条例)により、市内の「都市の景観の維持及び向上並びに公衆に対する危害の防止を図るため屋外広告物及び掲出物件の位置、規模、形態又は意匠を制限する必要がある区域」が屋外広告物規制区域に指定される[15]。屋外広告物規制区域の指定区域は、市内の全域である[16]。この区域内で 0.3 m2 以上の屋外広告物を表示する場合、原則として市長の許可を得る必要がある[15]。
また、全域で点滅式照明・可動式照明は禁止される[17]。第11条にもとづき、第1種・2種地域、歴史遺産型第1種・2種地域内ならびに道路・鉄道・軌道または索道の区域およびこれに隣接する地域については、自己の事務所や事業所と関係のない屋外広告物を表示することが禁じられている[18]。また、各地域の屋外広告物は以下の指標を守るべきことが定められている[15]。
また、意匠がけばけばしい色彩又は過度の装飾であってはならないことも定められており[15]、これについても規制区域ごとにマンセル値にもとづく彩度の基準が存在する。原則として、第1種地域、歴史遺産型第1種・2種地域では挿図 1. 以外の色が使えない(禁止色)。また、挿図 2. 以外の色が面積割合が20%未満でしか使えない(規制対象色)。第2・3種地域、沿道型第1・2種地域および沿道型第1・2・3種地域特定地区でも同様の規制対象色指定がある。第4・5種地域、沿道型第3種地域、沿道型第4種地域特定地区および沿道型第5種地域特定第1地区では3. 以外の色が規制対象色であり、面積割合30%未満でしか使えない[19]。
これに加え、伝統的建造物群保存地区および審議会の意見を聴いて市長が定める地域が、屋外広告物等特別規制地区に指定される。これらの地域においては屋外広告物等景観整備計画が定められ、これにもとづき規制が行われる[15]。産寧坂・石塀小路・祇園新橋・嵯峨鳥居本・上賀茂・木屋町・先斗町の7地区 21.7 ha が屋外広告物等特別規制地区に定められる[20]。
| 地域区分 | 定義 | 面積 (ha, 概数) | 表示・設置合計面積の上限 (m2) | 表示率[注釈 1]の上限 | 最上部の高さの上限 (m)[注釈 2] | 最も突き出した部分[注釈 3]までの距離の上限 (m) | 表示面積の合計の上限 (m2) | 可変表示式屋外広告物[注釈 4]の可否 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 第1種地域 | 一般地域[注釈 5]のうち、山林、樹林地又は田園等が重要な要素となって、優れた自然的景観を形成している地域 | 40,709 | 5 | 100分の10 | 4 | 1 | 3 | |
| 第2種地域 | 一般地域のうち、歴史的建造物、閑静な住宅等が重要な要素となって、自然的景観又は町並みの景観を形成している地域 | 5,500 | 5 | 100分の15 | 6 | 1 | 5 | |
| 第3種地域 | 一般地域のうち、背景となる山並みのりょう線と調和する良好な市街地の景観を形成している地域又は京都の町の生活の中から生み出された特徴のある形態又は意匠を有する建築物が存し、良好な町並みの景観を形成している地域 | 2,223 | 10 | 100分の15 | 10 | 1 | 10 | |
| 第4種地域 | 一般地域のうち、店舗、事務所その他これらに類する施設と京都の町の生活の中から生み出された特徴のある形態又は意匠を有する建築物とが調和し、良好な町並みの景観を形成している地域 | 400 | 20 | 100分の20 | 10 | 1 | 10 | |
| 第5種地域 | 一般地域のうち、店舗、事務所その他これらに類する施設が多数存する地域で、京都の町の生活の中から生み出された特徴のある形態又は意匠を有する建築物と調和した町並みの景観を形成していく必要があるもの | 1,314 | 100分の20 | 15 | 1.5 | 15 | ||
| 第6種地域 | 一般地域のうち、店舗、工場、事務所又は倉庫が多数存する地域で、良好な町並みの景観を形成していく必要があるもの | 1,967 | 100分の25 | 15 | 1.5 | 15 | ||
| 第7種地域 | 一般地域のうち、繁華な市街地の地域及び前各号に該当しない地域で、良好な町並みの景観を形成していく必要があるもの | 589 | 100分の25 | 20 | 1.5 | 15 | ||
| 沿道型第1種地域 | 山並みと調和する閑静な住宅等が重要な要素となって町並みの景観を形成している地域に接する幹線道路及びこれに接する地域で、良好な通りの景観を形成している地域 | 8 | 10 | 100分の15 | 10 | 1 | 10 | |
| 沿道型第1種地域特定地区 | 山並みと調和する閑静な住宅等が重要な要素となって町並みの景観を形成している地域に接する幹線道路及びこれに接する地域で、優れた眺望に配慮した良好な通りの景観を形成していく必要がある地域 | 18 | 10 | 100分の15 | 10 | 1 | 10 | |
| 沿道型第2種地域 | 山並みと調和する閑静な住宅等が重要な要素となって町並みの景観を形成している地域に接する幹線道路及びこれに接する地域で、店舗、事務所その他これらに類する施設が町並みの景観に調和した良好な通りの景観を形成していく必要がある地域 | 245 | 20 | 100分の20 | 10 | 1 | 15 | |
| 沿道型第2種地域特定地区 | 山並みと調和する閑静な住宅等が重要な要素となって町並みの景観を形成している地域に接する幹線道路及びこれに接する地域で、店舗、事務所その他これらに類する施設が町並みの景観に調和し、優れた眺望に配慮した良好な通りの景観を形成していく必要がある地域 | 44 | 15 | 100分の20 | 10 | 1 | 10 | |
| 沿道型第3種地域 | 店舗、事務所その他これらに類する施設と京都の町の生活の中から生み出された特徴のある形態又は意匠を有する建築物が調和し、良好な町並みの景観を形成している地域等に接する幹線道路及びこれに接する地域で、良好な通りの景観を形成していく必要がある地域 | 78 | 100分の20 | 15 | 1.5 | 15 | ||
| 沿道型第3種地域特定地区 | 店舗、事務所その他これらに類する施設と京都の町の生活の中から生み出された特徴のある形態又は意匠を有する建築物が調和し、良好な町並みの景観を形成している地域等に接する幹線道路及びこれに接する地域で、京都にふさわしい中高層の建築物群が連続する良好な通りの景観を形成していく必要がある地域 | 16 | 20 | 100分の20 | 15 | 1 | 10 | |
| 沿道型第4種地域 | 店舗、工場、事務所又は倉庫が多数存する幹線道路及びこれに接する地域で、良好な通りの景観を形成していく必要がある地域 | 408 | 100分の25 | 15 | 1.5 | 20 | ||
| 沿道型第4種地域特定地区 | 店舗、工場、事務所又は倉庫が多数存する幹線道路及びこれに接する地域で、京都にふさわしい中高層の建築物群が連続する良好な通りの景観を形成していく必要がある地域 | 9 | 30 | 100分の20 | 15 | 1.5 | 15 | |
| 沿道型第5種地域 | 店舗、事務所その他これらに類する施設が特に多数存する幹線道路及びこれに接する地域で、良好な通りの景観を形成していく必要がある地域 | 127 | 100分の25 | 20 | 1.5 | 25 | ||
| 沿道型第5種地域特定第1地区 | 店舗、事務所その他これらに類する施設が特に多数存する幹線道路及びこれに接する地域で、京都にふさわしい中高層の建築物群が連続する特に良好な通りの景観を形成していく必要がある地域 | 16 | 40 | 100分の25 | 20 | 1 | 20 | |
| 沿道型第5種地域特定第2地区 | 店舗、事務所その他これらに類する施設が特に多数存する幹線道路及びこれに接する地域で、京都にふさわしい中高層の建築物群が連続する良好な通りの景観を形成していく必要がある地域 | 59 | 100分の30 | 20 | 1.5 | 20 | ||
| 沿道型第6種地域 | 良好な通りの景観を形成していく必要がある地域のうち、第9号から前号までに該当しないもの | 101 | 100分の25 | 20 | 1.5 | 30 | ||
| 歴史遺産型第1種地域 | 世界遺産周辺区域等[注釈 6]のうち、山林、樹林地又は歴史的建造物等が重要な要素となって優れた自然的景観を形成している地域 | 280 | 3 | 100分の10 | 4 | 1 | 3 | |
| 歴史遺産型第2種地域 | 世界遺産周辺区域等のうち、前号に該当しない地域 | 432 | 5 | 100分の10 | 6 | 1 | 5 |
評価・研究

京都市は2015年(平成27年)に広告景観に対するアンケート調査を行った。アンケート票は無作為に選ばれた京都市民2,000人に郵送で送付され、871人から有効回答が得られた。「本市では、屋外広告物について設置の高さ、大きさ、色彩など、様々な基準を設けていますが、どのように思われますか?」との設問に対して、582人(67%)が「とてもよい」「よい」と回答した。また、50人(6%)が「よくない」「とてもよくない」と回答した[23]。自由記述は312件収集され、28件が現行規制を評価するもの、34件が現行規制に反対するものであった。また、部分的に賛成・反対する意見が46件、目印・夜間の照明としてのサインが無くなることへの懸念を表明する意見が45件あった[24]。同アンケートでは写真を用いた印象調査も行われたが、京都市の屋外広告物適正化に用いられている指標がおおむね正しかったことを示すものであると分析された[25]。一方で、外国人観光客を対象とするアンケート調査においては、日本人住民・観光客が低く評価した新景観政策以前の四条河原町南側の通り景観が、袖看板撤去後の景観よりも高く評価された[26]。
大庭 et al. (2012)は、2006年(平成18年)・2009年(平成21年)の京都市内における屋外広告物の掲出状況を比較し、違法広告物の撤去、規制対象外広告物の自粛といった法令遵守・広告景観改善志向の意識よりも、敷地内のぼり・立て看板の増加といった、規制対象外広告掲出志向の動きのほうが顕著に見られることを論じた。川崎, 松井 & 岡井 (2014)は三条通界わい景観整備地区における地域住民のヒアリングにもとづき、住民と店舗のコミュニケーションの有無が広告物の印象に影響していること、定量的な色彩規制を問題視する意見があること、立て看板を問題視する意見があったことなどをまとめている。
京都大学の立て看板撤去をめぐる論争

2017年(平成29年)には京都市より京都大学に対して、大学の外側に向けて設置された立て看板が屋外広告物条例に抵触しているとの行政指導が行われ、2018年(平成30年)・2020年(令和2年)には百万遍交差点の南東角などに設置した看板が撤去された[27]。2018年には市民団体「立て看文化を愛する市民の会」が大学への指導の撤回を求める2,574筆分の署名を市に提出したほか[28]、同大学出身の弁護士138人が連名で「憲法が保障する表現の自由という基本的人権を脅かす危険をはらんでいる」との声明を発表した[29]。2021年(令和3年)、京大職員組合は同条例は過大な制約を課す点で違憲であるとして、京大と市を相手に慰謝料など550万円の支払いを求めた[27][30]。しかし、2025年(令和7年)に京都地方裁判所は「施設の性質を考慮せず一律に条例の対象とすることも合理性がある」などとして、この請求を棄却した[27][31]。
景観問題を専門とする弁護士である中島晃は、『京都新聞』の取材に対して「そもそも条例自体に表現の自由を脅かす性質があって、運用に当たっては議論すべき論点をはらんでいた。今回、改めてその問題が浮上してきたと言える」「京大が条例の解釈について議論を尽くしたようには見えない」とコメントした[32]。また、京都市都市景観部長である山本一博は、「屋外広告物条例など現在の景観施策は思い切った面もあるが、表現の自由を制限するつもりは全くない」「屋外広告物条例はあくまでも乱雑で無秩序な景観ではなく、美しい景観をつくり上げるのが目的ということだ。立て看板が撤去されることで、京都らしさが失われると一部の人が主張してもやむを得ない」とコメントした[33]。