京都市立中川小学校
京都府京都市にある小学校
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京都市立中川小学校(きょうとしりつ なかがわしょうがっこう)は京都市北区中川北山町に所在する、休校中の公立小学校である。
| 京都市立中川小学校 Nakagawa elementary school | |
|---|---|
北緯35度5分23.90秒 東経135度41分17.39秒 | |
| 過去の名称 |
中川尋常小学校 中川国民学校 |
| 国公私立の別 | 公立学校 |
| 設置者 | 京都市 |
| 設立年月日 | 1873年(明治6年)7月1日[1] |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 学校コード | B126210000153 |
| 所在地 |
〒601-0122 京都市北区中川北山町46[1] |
| 外部リンク | 公式ホームページ |
概要
沿革
- 1873年(明治6年)7月1日 - 京都府葛野郡中川村字下ノ町41番地に創立[1]。
- 1874年(明治7年)- 杉坂村小学校が現在の杉阪道風町1番地に創立[3]。
- 1889年(明治22年)4月 - 町村制施行による小野郷村成立により、杉坂村小学校が小野郷尋常小学校の杉坂分教場となる[3]。
- 1908年(明治41年)- 高等科を設置[1]。
- 1910年(明治43年)- 現校地(現 中川北山町)に移転[1]。
- 1910年(大正2年)10月 - 小野郷尋常小学校の真弓分教場が創立。翌年校舎新築完成[3]。
- 1941年(昭和16年)4月 - 国民学校令により中川国民学校と改称。
- 1947年(昭和22年)4月 - 学制改革により中川村立中川小学校と改称。新制中学校の中川村立中川中学校を併設。
- 1948年(昭和23年)4月 - 京都市編入により京都市立中川小学校と改称。旧小野郷村の杉坂・真弓地域を通学区に編入し、小野郷尋常小学校の杉坂分教場・真弓分教場を併合[1]。中学校は京都市立中川中学校となる。
- 1969年(昭和44年)- 中川中学校が閉校となり、衣笠中学校に編入される[1]。
- 1972年(昭和47年)- 真弓分校が改築される[1]。
- 1981年(昭和56年)- 杉坂分校が廃校となる[1][4]。
- 2013年(平成25年)- 中川小学校休校。
通学区域
進学先中学校
中川学区
中川学区(なかがわがっく)は、京都市の学区(元学区)のひとつ。京都市北区に位置する。休校中の中川小学校の通学区域を範囲とする、京都市の地域自治の単位となっている。
中川学区の名称のもととなる中川村は、村内の小学校は明治6年(1873年)7月に創立された。中川村は明治22年(1889年)に単独で町村制に基づく中川村となった。中川村は、昭和23年(1948年)4月に京都市に編入され、編入時に中川小学校の通学区に編入された小野郷村の真弓地区・杉阪地区を合わせて中川学区となった[7]。中川学区は昭和30年(1955年)9月、上京区から分区して成立した北区に位置することになった[8]。
地理
中川学区は、西側が小野郷学区、東側が雲ケ畑学区、南側が大宮学区・鷹峯学区(以上北区)と高雄学区(右京区)と接する[9]。区域は、中川・真弓・杉阪を冠称する町の全部により構成される。面積は15.383平方キロメートルである[注釈 1]。
人口・世帯数
京都市内では、概ね元学区を単位として国勢統計区が設定されており[10]、中川学区の区域に設定されている国勢統計区(北区第17国勢統計区[注釈 2])における令和2年(2020年)10月の人口・世帯数は237人、124世帯である。
中川学区の町名
- 中川北山町
- 中川西山
- 杉阪都町
- 杉阪道風町
- 杉阪東谷
- 杉阪南谷
- 杉阪北尾
- 真弓八幡町
- 真弓善福
- 中川東山
- 中川中山
- 中川水谷
- 中川奥山
- 中川西ノ谷
- 中川川登
交通
関係者
周辺
中川地域は、北山杉の産地として知られる。地域の詳細は「北山 (京都市)#杉の里」を参照。
