京都市立小野郷小学校

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過去の名称 小野郷尋常小学校
小野郷国民学校
国公私立の別 公立学校
設置者 京都市
設立年月日 1874年明治7年)[1]
京都市立小野郷小学校
Onogo elementary school
北緯35度6分39.91秒 東経135度40分26.31秒 / 北緯35.1110861度 東経135.6739750度 / 35.1110861; 135.6739750座標: 北緯35度6分39.91秒 東経135度40分26.31秒 / 北緯35.1110861度 東経135.6739750度 / 35.1110861; 135.6739750
過去の名称 小野郷尋常小学校
小野郷国民学校
国公私立の別 公立学校
設置者 京都市
設立年月日 1874年明治7年)[1]
共学・別学 男女共学
所在地 601-0132
京都市北区小野中ノ町30番地[1]
外部リンク 公式ホームページ
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
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京都市立小野郷小学校(きょうとしりつ おのごうしょうがっこう)は京都市北区京都市北区小野中ノ町に所在する、休校中の公立小学校である。併設され、同じく休校中の公立中学校である京都市立小野郷中学校(きょうとしりつ おのごうちゅうがっこう)についても述べる。

明治7年(1874年)に開校した小学校が起源である。中学校は新制中学校として昭和22年(1947年)に開校した。校名の「小野郷」は、昭和23年(1948年)に京都市に編入された旧村名の小野郷村に因む。 京都市北区小野中ノ町30番地に所在する[2]

沿革

  • 1874年明治7年)- 小野村小学校が現在の小野下ノ町100番地、杉坂村小学校が現在の杉阪道風町1番地に創立[1]
  • 1875年(明治8年)- 大森小学校が現在の大森東町2番地に創立[1]
  • 1889年(明治22年)4月 - 町村制施行により小野郷村成立。小野村小学校を小野郷尋常小学校と改称し、大森村・杉坂村の各小学校を、小野郷尋常小学校の大森分教場、杉坂分教場とする[1]
  • 1900年(明治33年)- 中川村と2ヶ村立で高等小学校を創立。葛野郡第一高等小学校小野分教場と称し、小野郷尋常小学校の一部を使用し開校する[1]
  • 1901年(明治34年)7月 - 現校地(現 小野中ノ町30番地)に葛野郡第一高等小学校小野分教場を移転[1]
  • 1903年(明治36年)11月 - 葛野郡第一高等小学校小野分教場を廃止。その校舎を充当のうえ、高等科を併設した小野郷尋常高等小学校となる[1]
  • 1907年(明治40年)4月 - 学制改革により義務教育が6年となり、小野郷尋常小学校となる。また、大森・杉坂の分教場は尋常科4学年までの過程を担うこととなる[1]
  • 1910年大正2年)10月 - 真弓分教場(後の京都市立中川小学校真弓分校)が創立。翌年校舎新築完成[1]
  • 1941年(昭和16年)4月 - 国民学校令により小野郷国民学校と改称[1]
  • 1947年(昭和22年)
    • 4月 - 学制改革により小野郷村立小野郷小学校と改称。
    • 5月 - 新制中学校の小野郷村立小野郷中学校が小学校に併設して開校[3]
  • 1948年(昭和23年)4月 - 京都市編入により京都市立小野郷小学校と改称。杉阪・真弓地域を中川小学校の通学区に編入し、分教場を中川小学校附属とする[1]。中学校は京都市立小野郷中学校となる。
  • 1981年(昭和56年)- 大森分校が廃校となる[1][4]
  • 2007年(平成19年)- 小野郷小学校・小野郷中学校休校。

通学区域

小野郷小学校

小野郷小学校の通学区域は、小野郷学区(小野・大森を冠称する各町)の区域であった。平成19年(2007年)の休校[5]以降は、京都市立高雄小学校の通学区となっている[6]

小野郷中学校

小野郷中学校の通学区域は、小野郷小学校と同じく小野郷学区(小野・大森を冠称する各町)の区域であった。 平成19年(2007年)の小野郷中学校休校[5]以降、小学校の卒業後は基本的に京都市立高雄中学校に進学することになっていたが、同校の閉校により現在は京都市立双ヶ丘中学校の通学区となっている[6]

小野郷学区

小野郷学区(おのごうがっく)は、京都市学区(元学区)のひとつ。京都市北区に位置する。休校中の小野郷小学校および小野郷中学校の通学区域を範囲とする、京都市の地域自治の単位となっている。

小野郷学区の名称のもととなる小野郷村は、仙洞御料(上皇の所領)であった近世の小野郷十村(上村、下村、東河内村、西河内村、中村、真弓村、杉阪村、出谷村、中畑村、中津川村)のうち、明治7年(1874年)に上村、下村が小野村[7]、明治8年(1875年)に東河内村、西河内村、中村が大森村[8]となり、明治22年(1889年)に小野村・大森村・真弓村・杉阪村の合併により町村制に基づく小野郷村として成立した[注釈 1]。小野郷村は、昭和23年(1948年)4月に京都市に編入され上京区の一部となるが、編入時に小野郷小学校の通学区域から中川小学校の通学区域となった真弓地区・杉阪地区を除いた区域が小野郷学区となった[9]。小野郷学区は昭和30年(1955年)9月、上京区から分区して成立した北区に位置することになった[10]

地理

小野郷学区は、東側が北区の雲ケ畑学区中川学区、北側から西側に掛けて右京区京北の黒田・山国・細野地区、南側が右京区の高雄学区と接する[11]。区域は、北区における小野および大森を冠称する町の全部から構成される。面積は21.688 平方キロメートルである[注釈 2]

人口・世帯数

京都市内では、概ね元学区を単位として国勢統計区が設定されており[12]、小野郷学区の区域に設定されている国勢統計区(北区第18国勢統計区[注釈 3])における令和2年(2020年)10月の人口・世帯数は186人、100世帯である。

小野郷学区の町名

  • 小野上ノ町
  • 小野中ノ町
  • 小野宮ノ上町
  • 小野下ノ町
  • 小野岩戸
  • 小野水谷
  • 小野笠谷
  • 大森芦堂町
  • 大森中町
  • 大森西町
  • 大森東町
  • 大森稲荷
  • 大森菖蒲
  • 大森大谷
  • 大森牛ケ滝
  • 大森中山

交通

関係者

周辺

小野郷学区は、中川学区同様北山杉の産地として知られる。

施設

  • 岩戸落葉神社
  • 大森賀茂神社

脚注

参考文献

  • 『史料京都の歴史 第6巻 (北区)』平凡社、1993年。doi:10.11501/9576694ISBN 4-582-47706-2 
  • 京都市北区役所:リレー学区紹介-小野郷学区”. 2026年3月3日閲覧。
  • 『京都市立学校園沿革史』京都報道センター、1981年。doi:10.11501/12111830 

関連文献

関連項目

外部リンク

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