仁尾惟茂
From Wikipedia, the free encyclopedia
土佐藩士仁尾宗直の子として生まれた。安岡良亮の門に学んだ後、戊辰戦争に従軍した。1872年(明治5年)より熊本県に出仕したが、1876年(明治9年)に神風連の乱に遭い、戦いで負傷した。後に福岡県に転じ、福岡収税長に進み、1887年(明治20年)からは大蔵省参事官を兼ねた。
日清戦争がおきると、李氏朝鮮に度支部顧問として派遣され[4]、財政改革にあたった。帰国後は専売事業を手掛け、専売局長、煙草専売局長、煙草専売局長官[5]、専売局長官[6]を歴任した。
1907年(明治40年)に退官し[7]、同年12月10日、貴族院議員に勅選され[8][9]、死去するまで在任した[10]。1916年(大正5年)3月27日、錦鶏間祗候を仰せ付けられる[11]。墓所は青山霊園[12]。
