今井藤七
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- 1849年(嘉永2年) - 越後国蒲原郡三条町上町(現三条市)に今井七平の6男2女の三男として生まれる。
- 1861年(文久元年) - 上町塗師屋大火で罹災、長岡の竹屋吉兵衛店に奉公に出る。
- 1864年(元治元年) - 今町の河内屋要吉の婿養子に迎えられる。
- 1865年(慶応元年) - 父七平が投獄されたことから藤七は河内屋から離縁されて実家に戻り今井家の生計を担う。
- 1871年(明治4年) - 兄が函館の廻船問屋で働いていたこともあり[1]、新潟港から船で函館へ出発、函館で陶器商武富平作の店に奉公。
- 1872年(明治5年) - 札幌入りを果たし、5月1日(新暦6月18日)に創成川畔に小間物商「今井商店」を開業(丸井今井の前身)。
- 1874年(明治7年) - 現在の札幌市中央区南1条西1丁目に新店舗を構えて「丸井今井呉服店」とし、末弟の良七も三条から札幌に入る。
- 1875年(明治8年) - 三条に一時帰郷、父七平死去。
- 1876年(明治9年) - 次弟の武七も札幌入り。
- 1878年(明治11年) - 鈴木半左衛門の三女・すて子と結婚、武七の長男・雄七を養子に迎える。
- 1891年(明治24年) - 創業20周年を迎え、武七に小樽色内町に丸井今井商店を独立させる。
- 1892年(明治25年) - 良七に函館丸井今井商店を開業独立させる。
- 1919年(大正8年) - 株式会社に改組し、社長に就任。
- 1925年(大正14年)10月24日 - 東京目白の自邸で死去、75歳。11月3日に三条の菩提寺・定明寺で本葬を営み累代の墓に眠る。