今城定章

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今城定章(いまき さだあき、寛政9年(1797年11月18日 - 明治4年(1871年))は、江戸時代後期から明治時代にかけての公卿

安政5年(1858年)、日米修好通商条約締結に反対し、嫡男の今城定国とともに廷臣八十八卿列参事件に参加した。

系譜

出典

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